山田ゴメスの俺の恋を笑うな
続・注文の多いAV嬢
オニイサン、私ン付き合ってよ!
牛丼屋から出てすぐ、そのAV嬢からの唐突な注文に、私は思わず胸をときめかせた。
彼女の呂律はすでに怪しく、おまけに早口だったので、「ン」の部分がよく聞き取れなかった。
「と」=つまり、男女の交際をしてください、の意味なのか?
それとも、
「に」=これからどこかに行くのに付き添ってください、の意味なのか?
まあ、おそらく「に」なんだろう……が、いずれにしても悪くない展開であるには違いないので、私は用事を後まわしにして、ほいほい
いいですよ。
と、できうるかぎりの爽やかな笑顔をつくりながら、即答する。
ふたたび彼女を助手席に乗せて、車を走らせる。
で、どこに付き合えばいい?
左手に煙草を挟み、右手でハンドルを操りながら、そうさらり問いかける私は、
我ながらカッコイイ。
お腹すいた〜!
と、そのAV嬢は甘えた声を出す。
やっぱ、「に」のほうですか……早い話が金づるとして、メシに付き合わされるわけだ。でも、それなりに可愛い女性なら充分許される部類の注文ではないか。もちろん私は腹も立てずにOK、と首肯する。
じゃあ、表参道あたりでお店、探そうか?
原宿から遠くない、お洒落なスポット。無難な提案だったと思う。
しかし、彼女が口にした次の注文は、私がまったく予想していないものであった。
やだぁ〜! 私ん家、来て〜!!
え!?
ごはん、つくるからさぁ。
もしかして「と」……ですか? でも、私のことを「オニイサン」と呼ぶ彼女は、おそらくまだ私の名前も知らないはずだ。そんな関係でその注文は、いくらなんでも気が早すぎるのではないか?
ボク、ゴメスってペンネームだから、ゴメちゃんって呼んでくれる?
そのAV嬢の、あまりの性急さに戸惑う私は、とりあえず名前を覚えてもらうことで、おたがいの距離を少しでも縮めようとしている。
いいじゃないか! 向こうから誘ってくれてんだから。
そのときの私は、彼女の尋常じゃない注文に懸念を抱くよりも、一生に一度あるかないかのラッキーな状況に、ただ浮かれていた。とどのつまりが脳天気だったのだ。
そのAV嬢の家は、原宿から車で1時間くらいの所にあった。
一応、東京23区内だが、いわゆる派手な職業に就く面々が好む区ではなかった。
マンションではない、どこにでもありそうなつくりの小ざっぱりとしたアパート。2階の一番奥で、間取りは2K。高額な報酬と引き替えに人前で裸を晒すリスクを背負うAV嬢には、正直不釣り合いな質素さといえる。
部屋は綺麗に片づいている。無駄な物はなにもない。一つの部屋に白いちゃぶ台とテレビが置かれていて、もう一つの部屋にベッドとオーディオコンポ、そしてキッチンには冷蔵庫と洗濯機……独り暮らしをする女性の部屋にしては、あまりに味気なく、かといって男の匂いを感じさせるわけでもない。
ちょっと買い物行ってくるけど、冷蔵庫にある物、勝手に飲んでて。
じゃあお言葉に甘えて、と冷蔵庫を開けて私は思わず目をしばたかせる。食材がまったく入っていないのだ。
家庭用サイズより心もち小さめの冷蔵室の約7割は、缶ビールと缶酎ハイでびっしり占められていて、残り3割はミネラルウォーターにコーラとポカリスエットのペットボトル。そして、冷凍庫にはコンビニで市販されているクラッシュアイスが溢れんばかりに詰まっている。
このコ、なんかヘン……?
でも、コーラ好きの私としては、まだこの時点では、
なんてステキなチョイスなんだ!
と、好意的な解釈しかできないでいたのである。
(つづく)
結婚したての頃のうちの冷蔵庫のようです。
とっても続きが気になります!
「女のコの家にあげてもらって冷蔵庫の中を見せてもらえたらOKサイン!」って法則、ありませんでしたっけ?(ゴ)