更新日:2017年11月02日 18:36
恋愛・結婚

男子高校生の性転換手術を追った映画『女になる』を女装小説家はどう観たか?

「なぜわかってあげられなかったんだろう」

 冒頭に書いた通り、「女になる」ことをなかなか口にだせなかったわが子を前に、「人を殺したのかもしれない」とお母さんは考えたという。  誤解を恐れずに言えば、「なぜわかってあげられなかったんだろう」と僕は思った。  わが子が殺人を犯したのかどうかなど、ひと目見ただけでわかるんじゃないかと。そんなことがわからない母親なんているんだろうかと。  また、お母さんは「孫の顔を見られなくなる」ことが辛い、とも漏らしていた。その感覚も、僕にはわからなかった。  僕には5歳の娘と3歳の娘がいる。子どもたちが生まれたときに僕が願ったのは、「強い子になってほしい」ということだった。

中島らも「デリは危ないから箱ヘルにしとけ」

 自殺は何があってもしてほしくない。後は自由に、好きなように生きてくれればいいと。  というのも、僕自身がどうしようもなく弱い人間だから。  作家・中島らもの娘さんが、ある雑誌でこう答えていたことを思いだす。 「お父さんから、ああしろこうしろと言われたことは一度もなかった。本当に一度も。ただ、大学生になってひとり暮らしを始めたときに電話がかかってきて、こう言われたことがある。風俗のバイトをやるなら、デリは危ないから箱ヘルにしとけと」  僕の教育方針を決定づけたひと言だ。ただ、僕の場合、自由に生きてほしいという子どもへの願いは、無責任さの裏返しかもしれないと思えることがある。  妻が妊娠したのは、結婚して間もない頃のこと。子宮の内壁に小さな塊がへばりついている写真を見て、僕が感じたのは喜びよりも焦りや恐怖のほうが大きかった。  女性は出産した瞬間から母親になるのに対して、男性は子どもの成長とともに時間をかけて父親になっていく、とはよく言われることだ。僕の感じた焦りや恐怖は、たとえば父親になることへの不安からくるものだったのかもしれない。だとすれば、それは少なくとも子どものほうを向いた感情だ。  だが、僕の感じた焦りや恐怖は、もっと自分本位なものだった。 「もし子どもが生まれれば、妻とふたりきりの生活はこれで終わってしまうのか」  ……妻が母親となり、その愛情が子どもに独占されるのでは、というような、具体的な不安を抱いていたわけではない。恋人同士の延長のような、夫婦ふたりの関係が壊されて、家族へと開かれていくことが怖かったのだ。つまりは自己保身。自分の居場所をなくすかもしれないことへの焦りや恐れ。
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医者「覚悟しておいてください」
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『女になる』
監督/田中幸夫
出演/未悠、みむ、Naoほか
配給/オリオフィルムズ 新宿K’s cinemaにて単館公開中
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