貧乏人は3タイプ。「無気力貧乏」の僕が「不勉強貧乏」の君に贈る言葉
―[負け犬の遠吠え]―
ギャンブル狂で無職。なのに、借金総額は500万円以上。
それでも働きたくない。働かずに得たカネで、借金を全部返したい……。
「マニラのカジノで破滅」したnoteで有名になったTwitter上の有名人「犬」が、夢が終わった後も続いてしまう人生のなかで、力なく吠え続ける当連載。
今回はコロナで見えない貧困者がさらに窮す今、無気力貧乏である犬が考える「貧乏」の性質についてです。
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自分のことなんだからそりゃそうだという感じだが、よく貧乏について粛々と考えている。僕を含めた周りの貧乏人は以下の3つに大別できると思う。
「無気力貧乏」
「覚醒後貧乏」
「不勉強貧乏」
この3つだ。僕は「無気力貧乏」に該当する。自分の性格や在り方については何度も書いているが、ただひたすらに今日や明日に対して無関心で、持ってる金額がそのまま生活水準になる。見栄を張ることも奮起することもない。一度破ってしまった決まりはもう意味をなさず、例えば僕の場合で言うとこの記事の毎週の締め切りを一度破ってしまってから「最低ライン」がググッと下降し、未だに1日以上遅れての納品になっている。
この場合、判断材料が「他者との約束を守るかどうか」というより「自分をどこまで甘やかすかどうか」という方が大きい。自分に降りかかる責任を負う自覚が無いのだ。法律や世間体を飛び越え、自分の中にある道徳・倫理の枠からのみ選択をする。徹底的に自分本位だが、自分自身を粗末に扱うという、一見、矛盾に見える特性のせいで周囲からはよく、
「頑張れば君だって」
と言われることが多い。自己の平静を一番尊いと思って生活しているため、鬱屈した感情との付き合い方が上手い分、尚更「悩みが無いのに頑張らない人間」に見えてしまう。まだ本気を出していないだけではなく、大人になってようやく本気を出さずに済んでいる現状に大満足している。井戸の底で空すら見上げることもないので、こうして社会に露出した場合に快く思わない人も多い。スカして世の中を舐めているようにしか見えないからだ。
個人的には彼らに救いの手を伸ばす必要はない。本当にやばくなった時にギリギリの生活を維持するために、一番楽をする方法を勝手に見つける。
「覚醒後貧乏」は貧乏のタイプというよりは過程であり、状態だ。短い期間で何かのきっかけを経て学習した貧乏で、人間社会というレースのコース上に周回遅れで合流した者たちだ。どこかのコミュニティに属していたり、金が無い中で一発逆転を目指してとにかく働きまくっていたりする。彼らは成功するかどうかわからない挑戦をし続けていて、貧乏の中でも比較的応援しやすい。自伝の中で貧乏エピソードが入る成功者は皆この状態を経ている。
「金が無いなら頑張るしか無いだろうが」
そんなのは当然、と感じる人も多いだろうが、すでに周回遅れが確定している貧乏という環境の中から飛び出すことは生半可な覚悟ではできない。覚悟があったせいで失敗して貧乏になったのか、覚悟を抱いた段階で覚悟を身につけたのかは人それぞれだが、野心を持った人間は強く、前を向いているので精神的にも安定している。
ここまでの2種類の貧乏は正直放っておいてもいい。社会に参加しようとしなかったり、社会の中で足掻いたり、正の意味でも負の意味でも外界と接点を持ち続けている限り不安を抱えることは少ないし、自己責任の自覚もある。
フィリピンのカジノで1万円が700万円になった経験からカジノにドはまり。その後仕事を辞めて、全財産をかけてカジノに乗り込んだが、そこで大負け。全財産を失い借金まみれに。その後は職を転々としつつ、総額500万円にもなる借金を返す日々。Twitter、noteでカジノですべてを失った経験や、日々のギャンブル遊びについて情報を発信している。
Twitter→@slave_of_girls
note→ギャンブル依存症
Youtube→賭博狂の詩
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