山田ゴメスの俺の恋を笑うな
知人の愛(下)
よりによって、こんな男くわえ込みやがってよー!
そんな台詞を吐き捨てながら、そのカメラマンは土足で部屋に上がり込む。
こんな男は、あまりの唐突な展開にスパゲティーを口の中に吸い入れることさえ忘れている。
こんな男とは、もちろん私のことである。
それにしても「くわえ込む」とは情緒のある言葉ではないか。
靴くらい脱げよ!
と、彼女は勇ましい。
あ、ゴメン。
そのカメラマンは、いったん素に戻り、三和土に脱いだ靴を律儀に並べ、また部屋に上がる。
そして、
まったくよー、馬鹿なんじゃねえの?
と、誰に向かってでもなく独り言のようにつぶやきながら、部屋の奥にあるキッチンのほうへと、
ゆっくり向かっている。
まるでどこかの小さな舞台で芝居でも鑑賞しているかのようだった。金縛り状態。私は彼の
一挙手一投足から目が離せない。
まったくよー、馬鹿なんじゃねえの?
そのカメラマンは、さっきから何度も繰り返しているつぶやきを、今度はため息混じりに吐き出し
ながら、まな板の上に放置してあった包丁を静かに握り、おもむろに身体を反転させる。
しっくりと腰を落としてかまえる包丁の先は、私と彼女のちょうど中間あたりを向いていた。
その方角を支点に、彼の視線が左、右、左、右、と揺れている。パンツ一丁で呆然と立ち尽くす私の、私から見て右側で彼の視線が止まる。と同時にそのカメラマンは、フローリングの床を蹴り、猛然と私のほうへと向かってくる。
こっちかよ!
思わずそう突っ込みたい私は、口にスパゲティーをぶら下げたままだから声に出せないでいる。
フォーク片手に、もう一方の手にスパゲティー・イタリアンの盛られた皿を抱え、
口からスパゲティーをぷらんぷらんさせながら、パンツ一丁で走り後ずさっている自分のさまを
イメージすると、私は不謹慎にも笑いが止まらない。
緊迫した状況下にテンションがピークに達した私のマインドが、私の間抜けだが何処か牧歌的な姿に逃げ道を見いだしているのだろう。
笑ってる場合じゃねーだろ!
と言い聞かせれば言い聞かせるほど、腹から笑いが込み上げてくる。
ちょっと待って! 刺すなら私だろ!?
彼女が男ふたりの間に両手を広げて割って入る。頼もしすぎ。時間が止まったかのような静寂が
ワンルームの室内を包む。そして数秒後、膝を落とし、そのカメラマンは子供みたいに泣きじゃくる。
どっちを刺せばいいんだよ〜!!
それはすごく本質的な問題だと思った。
あなたならどっちを刺す?
私なら、やっぱり男だろうか。
でも、現実にそういう場面に出くわさない限り、そう断定できる自信はない。
(完)
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