山田ゴメスの俺の恋を笑うな
注文を間違えた料理店
猛烈にチャーハンが食いたくなったので、中華料理屋に入った。
中村屋……だったかは憶えていないが、そんな感じの店である。
メニューを見てみると、チャーハンは蟹炒飯だけだった。
私はカニとエビを食べたら蕁麻疹がでてしまうので、ボーイを呼んで、
「カニチャーハンのカニ抜きはできますか?」
と、訊ねてみた。
すると、白いYシャツに、黒いチョッキと蝶ネクタイをバシッと着こなす、Mr.オクレの顔と動きを精悍にしたようなボーイが、大きく一つうなずきながら私のほうに顔を近づけ、ささやいた。
「お客様はおわかりの方のようですね。そう。チャーハンは、最低限の具だけでつくられたものが一番美味しいのです」
身体的な理由でカニが食べられないだけなんだがなあ……
と、思ったが、口にするのはやめておいた。
注文を取って、そそくさと厨房へと向かうMr.オクレの後ろ姿は、味にうるさい客のリクエストにお応えできる喜びで揚々としているようにも、見えなくもない。余計なことを言わなくて良かった、と私は軽く苦笑する。
出されたチャーハンは、卵とレタスだけでつくられたシンプルなものだった。
適量にまぶされている黄色に黄緑色、そして胡椒の黒い斑点が食欲をそそる。
さあ食べようか、と細長い楕円形の皿に盛られた上品なチャーハンの山を、陶器でできたレンゲで崩しかけたとき、またMr.オクレが私のところにやってきた。
「おまたせしました。北京ダックでございます」
差し出された、座布団よりも一回りほど大きな皿には、調理された食用アヒルがまるごと一匹のっていた。
「これ、僕のじゃないですよ」
半笑いと半泣きが混ざった表情で、私は店側の誤りを指摘する。
「おかしいですね。たしかにご注文をいただいた気がするのですが……」
Mr.オクレは、たいして困った様子でもなく、人差し指を顎の下に当てながら黒目を右上に寄せた、芝居じみたポーズでつぶやいている。
「だって、北京ダックなんてものがメニューにあること自体、知りませんでしたから」
私は少々ムキになって、反論する。
「そうですか、わかりました。では、幸いお客様はお味のわかる方のようなので、こちらは特別にサービスいたしましょう。この北京ダックは当店の自慢の品なのです」
「これは皮だけを食べるのでしたっけ? 僕は北京ダックの食べ方をよく知らないのです」
とりあえず私は聞いてみる。
「いや。私どもの北京ダックは、皮だけではなく、肉の部分もすべて美味しいのです」
と、Mr.オクレが、50センチはある銀の菜箸で複雑に重なり合った肉の部分をまさぐっていくと、中から赤ん坊用のおしゃぶりに似たかたちの、透明のチョコレート色の物体が現れた。
「秘伝のタレです。これを肉の温度でじっくり溶かしながら、丁寧にからめていくのです」
そう説明してから、今度は銀の菜箸を両手に一本ずつに持ち替え、まるでジャズドラムのブラシング奏法のような、熟れた手つきでタレを肉に馴染ませる。
「さあ。あえて、タレをからめない部分も残しておきましたので、時には肉本来の味もお楽しみください」
肉好きの核心をくすぐる細やかな心配りだが、それでも私はこう言わずにいられなかった。
「こんなの、一人じゃ食べられないよー!」
「やはり、無理ですか……」
やはり、と言うくらいなら最初から注文間違えるなよ、と思わず口から出かかったが、やはり、やめておいた。
Mr.オクレは相変わらずまったく動じていない様子で、しかもこんな提案までしてくる。
「いかがなものでしょう。おとなりの席の貴婦人お二人とご一緒にお食べになるというのは? 中華料理は会話も味のひとつ、などとよく言いますし」
き、きふじん?
……というところで目が覚めた。
貴婦人たちがどんな容姿をしているのかを何故もっと早く確認しなかったのか、夢の中を後悔した。
(完)
夢かよっっっ!!!
でいい?(笑)
何かウマイモン食って寝たんスか?
ちょっぴりお洒落な大人の浪漫。
夢を見たら、極力この夢シリーズを書き留めているのですが、まだ3回しか書けてないところから考えるに、僕は眠りが深い……ってことなんでしょうか? ちなみに、今のところ、夢で味覚を実感したことはない、と思います。(ゴ)