14年間、5134人のアジア人を撮り続けた男
モノクロームの中に溶けるように、それでいて確実に浮かび上がってくる顔――。
写真家・北野謙によるプロジェクト『our face』は、ある集団に属する数十人のポートレートを、多重露光によって一枚の印画紙に焼き付けていく肖像写真のシリーズである。
北野がこのシリーズをスタートさせたのは1999年。2002年には週刊SPA!誌面でも不定期連載として、その作品を発表してきた(その際、撮影された「東京のキャバクラ嬢29人を重ねた肖像」は東京国立近代美術館に所蔵されている)。
そしてこの度、14年に渡るプロジェクトの現時点での集大成ともいえる写真集『our face : Asia』が刊行された。
収録されているのは、アジアの11の国や地域・53都市で撮影された133点。例えば、アニメのコスプレをする少女たち(台北)や、2004年スマトラ島沖地震で発生した大津波の被災者(インドネシア)、サマルカンド第42小学校の2年生(ウズベキスタン)など。
「現代アジアの肖像」とも言える、この写真集。一見し、「インドの僧侶ってこういう顔」「ウィグル族のラクダ商人ってこういう顔」という“平均”をそこに見いだすかもしれない。
しかし、1枚の肖像を構成する一人ひとりは、確実にそして等しくそこにいる。
そしてページを繰っていくと、「インドネシアの州知事や警察署長らVIP」も「天安門広場を警備する陸軍兵士」も「東京の弁護士」も「インド・コチの漁師」も「高野山の修行僧」も、等しくそこにあるということに気づかされる。
あるインタビューで北野は『our face』シリーズのきっかけについて、こう語っている(川崎市市民ミュージアム『写真ゲーム』 ARTIST TALK_作家トーク)
「95年に大きな地震があったり、オウム真理教の事件があったり、海外では紛争やテロが頻発する時代で(略)、ただ実際に起こっているはずのとても大きな出来事や人が直面している不幸みたいなことが、ちっとも自分のことのようにイメージできない、そういう想像力のなさに自分自身がすごく打ちのめされたんですね。そういうところで、写真を撮るということがなかなかできなかったんです。実際に自分が関わりないところで、たくさんの人が日々生活して生きているということを、直接確かめるというか、そういうことをしようと思って、それでいろいろな人を訪ねて歩く。
そこで自分がちゃんとイメージできなくなってしまっていた他者みたいな立場の者と自分自身を重ねて、いろいろな多様な人が重なった、私たち『we』という言葉の意味を広げるようなイメージを作ってみたいという衝動が最初の原点だったんです」
そして、14年。北野は5000人超の人々と会いシャッターを切ってきた。その一人ひとりの肖像写真が、写真集『our face: Asia』を作りあげているのだ。
「自分自身と他者の像を重ねる、最初はそんな衝動的で実験的な創作から始まりました。輪郭と境界を壊してしまうことが大事だった。思いきってやってみたら、印画紙の中でかろうじて肖像として成立した。とても怖くて、そして美しい肖像だと思いました。この“重ねる”ということが僕の場合基本にあります。
以来、実際に様々な現場に行って人に会い撮影します。一番新しい肖像は昨年夏に原発再稼働に反対して官邸前でデモをする人たちの肖像です。この写真集はドキュメンタリーとしても見えてくるかもしれません」
⇒【写真】「週刊誌SPA!編集者30人の肖像」
https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=470824 実は『our face』プロジェクトで北野は、属性やグループ毎の重なりだけではなく、すべての肖像を集積した「全集積」のデジタルデータも更新し続けているという。 「更新されていくデータは常に暫定的。未来に出会う人の可能性がそこにあります。というのは、写真は過去しか写しません。印画になった肖像はやがてすべて遺影となります。 しかし、そこの新しい人が加わっていく、そんな過去と未来との回路としてデータという写真のあり方があってもいいのではないか。そんなことを時間をかけて提示したいとも思っています」 現在、北野は文化庁芸術家海外研修員として米国ロサンゼルスに滞在中。『our face』プロジェクトは、日本からアジア、そしてアメリカと水平方向へと広がりつつ、そして時間という縦軸方向にも伸びていく。 ときにある種の線引きにも用いられる「私たちは」「私たちの」という言葉。しかし、『our face』プロジェクトは、「私たち」をどこまでもフラットに拡張させる。 <文/日刊SPA!取材班> 【出版記念イベント&個展開催!】 現在、ロスにて活動中の北野はスカイプにて参加。 出演:日高優(写真批評家)×町口覚(アートディレクター)×本尾久子(インデペンデントキュレータ) 日時:8月3日(土)18時より 場所:NADiff a/p/a/r/t (http://www.nadiff.com/home.html) 東京都渋谷区恵比寿1-18-4 Tel:03-3446-4977 参加無料 また、8月3日(土)~8月25日(日)まで、 MEM (http://www.mem-inc.jp/)にて北野謙個展「our face: Asia」開催(休廊12日~18日)。 問い合わせ:MEM 03-6459-3205 art@mem-inc.jp 【プロフィール】 北野 謙/1968年、東京都生まれ。1991年に日本大学生産工学部を卒業。商業写真会社を経て、1993年よりフリーランス。1999年、『our face』プロジェクトをスタートさせ、2007年には日本写真協会賞を受賞。2011年、岡本太郎現代芸術賞特別賞、東川賞新人賞を受賞。2010年個展「our face」 (三影堂撮影芸術中心、北京)、グループ展2011年 「日本の新進作家展 vol.10 写真の飛躍」(東京都写真美術館)など国内外の個展、グループ展に多数。また、東京国立近代美術館、東京都写真美術館、ティッセン・ボルネミッサ現代美術財団(オーストリア)など国内外多数の美術館に作品収蔵。著作に『our face』(窓社)、『溶游する都市/FLOW AND FUSION』(MEM)などがある
https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=470824 実は『our face』プロジェクトで北野は、属性やグループ毎の重なりだけではなく、すべての肖像を集積した「全集積」のデジタルデータも更新し続けているという。 「更新されていくデータは常に暫定的。未来に出会う人の可能性がそこにあります。というのは、写真は過去しか写しません。印画になった肖像はやがてすべて遺影となります。 しかし、そこの新しい人が加わっていく、そんな過去と未来との回路としてデータという写真のあり方があってもいいのではないか。そんなことを時間をかけて提示したいとも思っています」 現在、北野は文化庁芸術家海外研修員として米国ロサンゼルスに滞在中。『our face』プロジェクトは、日本からアジア、そしてアメリカと水平方向へと広がりつつ、そして時間という縦軸方向にも伸びていく。 ときにある種の線引きにも用いられる「私たちは」「私たちの」という言葉。しかし、『our face』プロジェクトは、「私たち」をどこまでもフラットに拡張させる。 <文/日刊SPA!取材班> 【出版記念イベント&個展開催!】 現在、ロスにて活動中の北野はスカイプにて参加。 出演:日高優(写真批評家)×町口覚(アートディレクター)×本尾久子(インデペンデントキュレータ) 日時:8月3日(土)18時より 場所:NADiff a/p/a/r/t (http://www.nadiff.com/home.html) 東京都渋谷区恵比寿1-18-4 Tel:03-3446-4977 参加無料 また、8月3日(土)~8月25日(日)まで、 MEM (http://www.mem-inc.jp/)にて北野謙個展「our face: Asia」開催(休廊12日~18日)。 問い合わせ:MEM 03-6459-3205 art@mem-inc.jp 【プロフィール】 北野 謙/1968年、東京都生まれ。1991年に日本大学生産工学部を卒業。商業写真会社を経て、1993年よりフリーランス。1999年、『our face』プロジェクトをスタートさせ、2007年には日本写真協会賞を受賞。2011年、岡本太郎現代芸術賞特別賞、東川賞新人賞を受賞。2010年個展「our face」 (三影堂撮影芸術中心、北京)、グループ展2011年 「日本の新進作家展 vol.10 写真の飛躍」(東京都写真美術館)など国内外の個展、グループ展に多数。また、東京国立近代美術館、東京都写真美術館、ティッセン・ボルネミッサ現代美術財団(オーストリア)など国内外多数の美術館に作品収蔵。著作に『our face』(窓社)、『溶游する都市/FLOW AND FUSION』(MEM)などがある
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『our face:Asia』 数十人もの〈個〉が集積した共同体のアイコン現代アジアの肖像写真 ![]() |
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