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風俗嬢は勃たずに落ち込む私に言った「すぐに謝る男の人、あんまり好きじゃない」――爪切男のタクシー×ハンター【第十八話】

 帰りのタクシーの車中で、自分の左耳にオードリーのピアスが付いたままなのに気づいた。タイミングを逃してしまい、返すのを忘れた。指でピアスをコリコリいじりながら、オードリーの顔を思い出したら、よりによってタクシーの中で勃起してきてしまった。本当にタイミングが悪い。勃起を抑えるために運転手と無駄話をすることにした。人間というより鹿によく似た顔の運転手に風俗での顛末を話した。本当にどうしようもない私の話に、運転手は嫌な顔一つせずに丁寧な口調で答えてくれた。 「う~ん、『怒る』っていうことの意味は、人それぞれですから難しい問題でございますね」 「そうですよね」 「参考になるかは分からないんですけど、先輩の運転手に教わったことがありましてね」 「はい」 「最高のサービスってものは、何でもしてあげたり、何でも許すことじゃないということです」 「はい」 「そんなことしてもお客さんはつけあがるだけですからね」 「なるほど」 「恥ずかしながら、私はギャンブルが大好きなんですが、最近のパチンコ屋とか競馬場の丁寧なサービスって苦手なんですよね」 「へぇ」 「九十度に頭を下げたり満面の笑顔で接客をしてくれなくていいんです。そんなのいりません。居心地が少し悪いぐらいで丁度いい。ギャンブルをする場所なんだから、多少のひどい接客でも我慢できますけどね」 「確かに……」 「あと飲食店でもなんでも、全ての設備が整っているお店って便利だなとは思いますが、意外とすぐ飽きちゃうものですね。ただ快適なだけで何か面白味がないのです」 「ちょっと分かります。私も一流店より町の定食屋ぐらいの方が落ち着いて食事できますね」 「そういうもんですよね。私はこの世で一番好きな食事は餃子なんですよ。高級餃子より小さな中華料理屋の作る安い餃子が本当に好きです」 「私がこの世で一番好きな食べ物はシーチキンですね」 「……お互いに安上がりでいいですね」  帰宅後、元旦から大いびきで昼寝をかましている同棲中の彼女をたたき起こし、浮気の件についてこっぴどく叱った。人を叱ることに慣れていない私は、うまく加減できずに大声で怒ってしまった。彼女は辛そうな顔をしつつも、時折嬉しそうな顔を見せていた。 「叱ってくれてありがとね。これからも私が悪いことしたらちゃんと叱ってね。ちゃんと私を見ててね」 「……分かった」  可愛かった。私の彼女は可愛かった。オードリー・ヘップバーンよりも可愛かった。年をまたいで色々とあったが、これでようやく一件落着かと思いきや、私の耳に光る女物のピアスに気づいた彼女から大逆襲を食らってしまった。これからはこうやってお互いに叱り合っていくのだろう。  数日後、久しぶりに貫通させたピアス穴からバイ菌が入ってしまい、私の耳たぶはたこ焼きのように大きく腫れ上がってしまった。私はため息をつきながら「耳から感染 性病」という単語でインターネット検索をした。その検索結果を一緒に見て私と彼女は笑った。最高に可愛い笑顔の彼女ともう少しだけこの道を歩いてみよう。赤信号だらけの苦難の道だろう。信号待ちのたびに大喧嘩して、信号が青に変わったら笑顔で一緒に歩き出そう。ただ、浮気をするなとは言わないが、外国人との浮気は控えてほしい。やっぱり怒る前に笑っちゃうから。 文/爪 切男 ’79年生まれ。会社員。ブログ「小野真弓と今年中にラウンドワンに行きたい」が人気。犬が好き。 https://twitter.com/tsumekiriman イラスト/ポテチ光秀 ’85年生まれ。漫画家。「オモコロ」で「有刺鉄線ミカワ」など連載中。鳥が好き。 https://twitter.com/pote_mitsu ※さまざまなタクシー運転手との出会いと別れを繰り返し、その密室での刹那のやりとりから学んだことを綴ってきた当連載『タクシー×ハンター』がついに書籍化。タクシー運転手とのエピソードを大幅にカットし、“新宿で唾を売る女”アスカとの同棲生活を軸にひとつの物語として再構築した青春私小説『死にたい夜にかぎって』が好評発売中
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死にたい夜にかぎって

もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー!

⇒立ち読みはコチラ http://fusosha.tameshiyo.me/9784594078980

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