山田ゴメスの俺の恋を笑うな
羅生門
羅生門という焼肉屋が四谷三丁目にある。
今どきの奇をてらったメニューに頼らない、素材に重きを置いた、どちらかと言えば高級店に属する正統派の焼肉屋だ。
私は一度、そこにある女子を連れて行ったことがある。
20歳以上もの年の差の、援交とも見誤れかねないギンギラのギャルだった。
撮影か何かで知り合って、連絡先を交換し、次の日食事に誘ったのだ。
いともあっさり「OK」の返事をもらって、その三日後、私たちは新宿の東口交番前で待ち合わせた。30分近く待たされたが、彼女はきちんとやって来た。
なに食べたい?
出会ってすぐ、こう尋ねると彼女は、
焼肉食べたーい!
と、即答した。
叙々苑とか?
とりあえず、もっとも無難なあたりを提案して、相手の出方をうかがってみる。すると、予想以上の大仰なリアクションが返ってきた。
えーマジ!? 叙々苑なんか一回しか行ったことないんですけどぉ! 普段、牛角とかばっかだしぃー!!
見かけによらず年相応の経済観念を持つイイ子だと思った。
そうなれば、もうチョッピリ喜んでもらいたいと考えるのが、おっさんのピュアで悲しい性である。
じゃあ、叙々苑よりワンランク上のお店に連れてってあげるよ!
と、私はタクシーを拾い四谷三丁目の羅生門へと向かったのであった。
店内は満席とまではいかないけれど、ほぼ8割くらいが客で埋まっていた。
まだ、
焼肉を拒まない女はエッチも拒まない
などといったマニュアルがしぶとく根付いていた時代である。少なからず私の心は高揚していた。
今日、ずっと歩きっぱだったんでー、足チョー疲れたんですけどー!
と、店に入るなりロングブーツを脱ぎ、彼女は二本の生脚をベンチ状の椅子に乗せて折りたたむ。
くつろぎすぎなのでは、とは思ったが、
それ以上に禿げかけた赤いペディキュアがなまめかしいと思った。眼底が熱くなるのを抑えようと、レバ刺しのヌメっとした冷たい感触を舌に包む。逆効果だった。しかし、彼女が取った次の行動に、私は込み上げていた熱量のすべてを失うことになる。
おしぼり、もっとくださーい!
不躾にボーイを呼びつけ、おしぼりを大量キープした彼女は、
事もあろうにそれらで足を拭きはじめたのだ。膝の裏から足の裏まで丹念に……。
若者の傍若無人な態度には寛容なほうだと自負する私でも、さすがに恥ずかしくてしょうがない。
場所柄、同業者も多く利用する店である。
知り合いがいませんように……と、本気で周囲を見渡してしまう。
あの時、私は彼女に嫌われるのを覚悟で注意を促すべきだったのだろうか?
それとも、
この程度でへこたれてるようじゃギャルと付き合う資格なんてありませんよー!
と、泰然とかまえているべきだったのか?
羅生門で起きた、私のモラル観を揺るがす小さな事件である。
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