渡辺浩弐の日々是コージ中
第290回
12月7日「幽霊の側が叫ぶという発想」
・『叫(さけび)』試写。殺人事件を捜査する刑事(役所広司)は、被害者の周囲に、自分自身の痕跡を次々と発見する。そしてやがて、もしかしたら自分が犯人ではないかという思いにとらわれはじめる……。
・ホラーと銘打たれているが、黒沢清監督としては恐怖よりも現実を主観で捉えることによって現出する不条理感を狙いたかったのでは。例えばリンチの『マルホランド・ドライブ』のような。
・しかしストーリーをきちんと矛盾無く組立て語り尽くそうとしているため、後半かなり窮屈になっている。それから現れる幽霊ははっきりと姿を見せ、大声で叫び、両足ですたすた歩いて襲ってくる。このあたりのセンスは、欧米の観客を意識しているのかもしれない。プロデュース側からの意向がきつかったのだろうか。
・東京で船に乗り水上を行くと、街の風景が裏側から見えてとても面白い。そこから着想された作品だと思う。僕も久しぶりに隅田川を下ってみた。湾岸開発が進んでいる今は、新しい東京と古い東京を同時に展望できる興味深い体験だ。
12月8日「J文学、世界へ」
・講談社BOX編集部に。編集長の太田カーツ氏にインタビュー。彼がライトノベルの領域で着火した導火線は一体どこにつながっているのか、何を爆破しようとしているのか、一度きっちり聞いておきたかった。太田さんとは雑談やミーティングの機会は多いのだけど、あえて「インタビュー」というセッティングを頂いた。
・個々の作家のプロデュースについてだけでなく、今後の世界戦略についてまで、いろいろと聞くことができた(これは来春リリース予定の単行本に掲載する予定だけど、その一部分を近々アマゾンのサイト上で読んで頂けるようになるはずです)。
・この編集部は講談社の近くの別ビルにあり、ふらりと立ち寄りやすく、作家陣にも好評らしい。今日は奈須きのこ先生がいたよ。サインもらっちゃったよ。コミケでいろいろすごいことが起きる気配だよ。
12月9日「世界の中野で、愛をさけぶ」
・月刊情報誌『本』(講談社)にエッセイを書く。テーマは、「文学の舞台としての中野ブロードウェイ」。この場所についてはなかなか客観的になれないので、頭を冷やしつつ、観光客気分で改めて歩きまわってみたりした。
・講談社BOOK倶楽部公式サイト内『本』ページ内にもアップされると思うので、読んでみて下さい。
第289回
12月4日「このサイトに名前を書かれた人間は死ぬ」
・『ィキル2.0』サービス、スタート。『ィキル』を読んでくれた人に、さらにもう1作品ぶんのコンテンツを、ある体験として提供するというものです。
・店頭にはこんなPOPも置いてもらっていて感謝。ええと、まだお気付きでない方、ケータイを手に、名刺型しおりの、裏までよーく見てみてください。
12月5日「ケータイ小説ブームの発火点」
・ドワンゴの稲葉氏とミーティング。『魔法の図書館plus』というサービスを担当されている方だ。
・インディーズ作家が書いた小説をケータイで読めるポータル『魔法の図書館』から今ヒット作品が続々と生まれている。『恋空』のように、書籍化されてミリオンを記録したものもある。こことリンケージして、注目作品をさらに読みやすく加工して有料配信する公式サイトとしてオープンしたのが『魔法の図書館plus』である。
・ここに入れば、個人でも課金しながら作品を公開し続けることができる。小説家になりたい人は、今なら書いた作品をさっさと『魔法の図書館』で公開、人気を得て『魔法の図書館plus』入りを目指すという方法があるわけだ。
・インディーズとメジャーが、個人とマスコミが、ひきこもりの部屋とビッグステージが、地続きになることは重要だ。
12月6日「匂う映画」
・『パフューム ある人殺しの物語』試写。18世紀フランス。超人的な嗅覚を生まれ持った主人公が、社会の最下層からはい上がって香水職人=調香師になる。
記憶の底にある匂いを追い求めるうちに、やがて禁断の方法を用いての香水作りを始める。
・メディアに記録できない感覚「匂い」を表現する映像が美しい。腐肉、ウジ虫、血液、少女達の髪、肌、汗……。匂いはデータ化されないゆえに歴史に残らないわけだが、往事のヨーロッパでは調香師という職業が高いステイタスを認められていた。彼らは音楽家が和音を並べていくように原液を調合し、作品としての香水を創り続けた。
・この映画の強烈なメッセージは、素晴らしい才能は努力や環境とは関係なくいきなり生まれる、ということだ。才能のない人は努力だけで到達できる領域で二流の人生を生きるしかないのか(そんな、アマデウスのサリエリにあたる役をダスティン・ホフマンが好演している)。それとも、自分が天才となりうる領域を探し続けるべきなのか。
第288回
11月26日「Wii考察」
・Wiiは多人数でプレイするゲーム機としては無敵だと思う。ほんっとーに楽しい。ただし一人で延々と遊び続けるのはちょっと寒いかな。ゼルダにしても、長時間続けているとやっぱりゲームキューブ版(オンライン販売のみ)の方がいいと思ってしまうかも。任天堂は、「一人で遊ぶのはDS、みんなで遊ぶのはWii」と割り切っているのだろう。
・それから本来のゲームマニアには、Wiiリモコンの操作感覚は大味に思えるかもしれない。マニアは、理論上の限界値としてのハイスコアを望む。1/60秒1フレーム単位での正確な入力を求めるのである。そのための最も緻密なインターフェイスとしては、パッド型のコントローラーはやはり優秀だった。
11月27日「夢より面白い映画はあるか」
・アニメ映画『パプリカ』見る。他人の夢に入り込み無意識の世界をモニターする装置”DCミニ”が何者かによって盗まれる。人々の深層心理に侵入しては狂わせていく謎のテロリスト に立ち向かうべく、夢探偵パプリカが悪夢の中に入っていく。原作は筒井康隆氏。あの断筆直前、実験的な小説を盛んに書いていた90年代初頭の作品だ。自ら今敏監督にアニメ化をそそのかしたものらしい。
・絢爛なる夢世界が緻密にカラフルに表現される。ただし幻覚と現実が溶けていく描写は、今監督としてはこれまでさんざんやってきたことである。あまりにも手慣れているからこそファンとしては新鮮味を感じられず、物足りないかもしれない。
・しかし、これは欧米の、アニメマニアではなく映画のファンに見せたい。日本には小説の世界にもサイバーパンクSFの土壌があり、それが先端のアニメクリエーターの手に掛かる時どれほど輝くものか、知ってもらいたいのだ。
11月30日「ゃゃ内緒ですが」
・講談社BOXの太田さんと柴山さん、刷り上がったばかりの『ィキル iKILL』(講談社BOX)を持参してくれた。
・店頭に並ぶのは4日夕刻あたりからのようです。なんでわざわざ書くかと言うと、できれば初版を確保して頂きたいからです。挟み込まれている「あるもの」をよく見て下さい。面白い目に遭うことができるかもしれません。