テロの無差別殺人を可能にするのは国家の仕組み――2015年のトピックを政治学者・栗原康が振り返る
昨年、パリで起こったイスラム国による無差別テロと、日本の安保法制デモ――大杉栄や伊藤野枝などのアナキスト研究を専門とし、昨年8月に『現代暴力論』(KADOKAWA)を上梓した新進気鋭の政治学者・栗原康氏に、2015年のトピックについて独自の観点から分析してもらった。
――昨年11月、フランスで、IS(イスラム国)と思われる組織によるテロが行われ、死者130名、負傷者も300名以上出るという痛ましい事件がありました。
栗原康(以下、栗原)「今回の事件について考えていて、まず思ったのは、空爆による報復をやめろということ。なぜかというと、やっていることが一緒だからです。イスラム国がやったのは、無差別殺戮。だから、みんなビビったわけじゃないですか。一人二人の政治家を狙うのとはちょっと違いますよね」
――そうですね。それだったら従来のテロとしては認識できます。
栗原「テロ、テロと言われるけれども、そこに国家の論理が挟まれているからこそ“無差別殺戮”ができるわけです。要するに、国同士の戦争ですよね。イスラム国に対する空爆も、建前としては、テロリストだけを殺すと言っていますが、無差別殺戮です。誰がテロリストかわからないから、戦闘員と非戦闘員を区別せず、のきなみ爆弾を落としてぶっ殺してしまう。それが対テロ戦争という戦争です」
――国家の論理が挟まれると無差別殺戮にいたるんですか?
栗原「国家が前提になかったら、ここまで人を物みたいに殺したりできない。ふつう、個人でどんなに人に恨みがあったとしても殺さないですよね。なぜ国家だからできるかというと、国家の肝というのが、いくら壊してもいい、とりかえがきく存在であるかのように、人や物を同じ数量としてみなすことだからです」
――『現代暴力論』でも、国家権力の暴走については触れていますね。
栗原「国家の起源は、人を戦争捕虜にして、いかに家畜と同じようにみなせるか、奴隷にできるのかということです。捕虜はいつぶっ殺されても仕方がない、人間じゃない、家畜と一緒で物と同じように扱っていい。だから、ふつう人間は交換対象ではないんだけど、物と同じように、活動を数量化して、周りの物と同じように交換可能にしていくのが、国家の論理です。もちろん、従わなかったらぶっ殺しますよと、たえず脅しをかけて。これが労働力を商品とみなす、賃金労働の起源になったとも言われていて、経済の論理にも繋がるわけです」
――なるほど。
栗原「『死にたくなければ、何でも言うことを聞くように』と。そこからだんだんと、奴隷の側もこの論理を内面化しはじめて、『捕まったのは自分が弱いからいけないんだ、人間として劣った存在だったから物として扱われているんだ。言うことを聞いて、ご主人様に近づいていくのがいいことなんだ』と、みずから積極的に国家に従うようになってしまいます。恐ろしいのは、自分が必死になって従っていると、そうしない連中がムカついてくるということ。同じ立場の奴隷が主人に逆らって、ひどい目にあわされていたり、殺されていたとしても、当たり前だ、もっとやれと思ってしまう」
――明治大正期のアナキスト・大杉栄がまさにそう言っていますね。
栗原「大杉は、それを“奴隷根性”と言います。国家は人を奴隷にして物としてあつかう。イスラム国がやっていることもそうだし、テロが起きた今のフランスでも同じことが起きています。『緊急事態だから国家の言うこと聞きましょう、報復の空爆をやりましょう。従わない奴は人間じゃない、非国民だ』と。事実、テロ直後のフランスではデモ禁止条例が敷かれていて、有無をいわさずみんな言うことを聞かされているという状況です。国家にとっては、テロや死の恐怖というのは、人をさらに奴隷化していく、もってこいの道具なんでしょうね」
――それ以前には、日本で安保法制に反対する国会前デモというものがありました。SEALDsという若者中心の団体も出てきて、盛り上がりを見せました。
栗原「安保法制って、いってみれば戦争国家化、戦争動員のプロセスですけど、これに反対するということは、国家による奴隷化のプロセスをたたたき切るということですよね。人が物のように動員されるのはおかしい、それに従わないぞと意思をどれだけ見せつけられるのか。でも、それができなかったところが残念ですね。どうしても戦争って緊急事態じゃないですか。大量に人が死ぬかもしれないから、否が応でも死を意識させられる。そうすると、みんな焦るわけですよ。緊急事態を、緊急に止めなくてはいけない。
デモをやるにしても、いちばん有効な手段を使って、いちばん効率的なやりかたでという発想に囚われてしまう。今回のデモでも、安保法制で日本が戦争やるかもしれない(現実には戦後もアメリカと一緒にやってきたわけですけど)、緊急で止めなきゃいけない、最も有効なかたちで、政府に圧力をかけなきゃいけないという発想になる。ここから、頭数をどれだけ集められるか、それを毎週、継続することができるのかを、主催者たちが考え始める。反体制のはずが、国家と同じ論理にとらわれてしまうんですよ」
――というのは?
栗原「国が兵隊をつくるときにやっているのは、奴隷制と同じことです。人を物として扱い、動員できるようにすること、それも徹底的に。反体制側はこれに抗わなくちゃいけないのに、同じように兵隊のように頭数をそろえて、それを毎週動員できる体制を整えましょうとなってしまった。国家が従え、歯向かった奴は非国民だと言っていたのと同じで、主催者の言うことを聞かない人たちが出てくると、排除しちゃうわけです。国家のミニチュアになっては危ないんです」
――具体的に、デモ側にはどんな行動が求められるのですか?
栗原「ぼくは、国会前でもギリシアの暴動みたいになったらいいなと思っていたのですが(笑)。でもそこまでいかなくても、警官とケンカをしたり、もっと国会に近づいて抗議しようと路上に飛びだして、路上を人で埋め尽くして歓声をあげてみたりと、そういうごく当たり前で単純なことです。
SEALDsのなかでおもしろいなと思ったのは、70歳くらいですかね。全共闘世代の人って強いんですよ。警官とケンカになることもあるけど、一人でタックルしてふっとばしたりしていた。若いころの経験をからだで覚えているんでしょうね。あらためて、そういうのが大事なのかなと。
デモで大切なのは、いかに動員の論理から外れていくのか、そこに縛られている状態からいかに解放されるか、権力者なんかにぜったい従わないぞという意思をどれだけ見せつけられるのかということ。それができるということを、実感として、経験としてからだでつかむということなんです。それができていたから、今の若者よりも団塊の世代のおじいちゃんたちや、おっさんたちのほうがむしろ若者らしかった(笑)。暴れまくりですよ。
若者の特権は、青臭くても、失敗してもいいから、がむしゃらになって思ったことをやってしまえることですけど、それを本当の若者よりも、おっさんたち、おじいちゃんたちがやっていたりする。で、主催者の若い子たちが大人になれと制止しているわけですよね。ある意味、見どころではあるのですが(笑)」
――そうですよね、いろんな人がいて当たり前ですからね。全員同じ行動なんてとても気持ち悪いですよね。
栗原「会社で飼い慣らされ、学校でも飼い慣らされているのが日常だから、意識していないと、気づけば兵隊みたいな動き方をしちゃうんですよ。だからデモのときとか、せっかく路上に出ているんだから、暴れて当たり前なんだ、がむしゃらになっていいんだくらいに思っていくのがいいのかなと思います。ちょっと恥ずかしい言葉だけど、年齢を問わず、いつだってこういっていいのかなと。青春を取り戻せ」
青春を謳歌する場として、デモをどんどん使ってほしいものだ。
【栗原康】
1979年埼玉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科・博士後期課程満期退学。東北芸術工科大学非常勤講師。専門はアナキズム研究。『大杉栄伝―永遠のアナキズム』(夜光社)で第5回「いける本大賞」受賞、紀伊國屋じんぶん大賞2015第6位。注目を集める政治学者である
<取材・文/神田桂一>
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