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爪切男のタクシー×ハンター【第一話】「俺もお前も四天王」

 前置きが長くなったが、ようやく今回のタクシーの話である。  ある日の帰宅途中に立ち寄ったゲーセンにて、テカテカに日焼けした肌に加え、体つきが異様にごつく、人間というよりアメリカバイソンにしか見えない二人組の男性客が大声をあげていた。握力測定マシンをぶっ壊してしまい、その弁償について店員と揉めているようだ。さすがアメリカバイソン。耳を澄ませて会話を聞いていると、アメリカバイソンの一人が「この人はこの渋谷で四天王って呼ばれてる一人なんだぞ、こんなことしてただで済むと思うなよ」と店員に凄んでいた。店員もさすがセンター街で働いているだけあって「なんだよ四天王って! お前本当にそうなのかよ!」とやり返していた。四天王と呼ばれた男は、少し自慢げな笑みを浮かべたまま黙っていた。「肯定も否定もせず黙っている落ち着きが確かに四天王っぽいな」と私は考察し、人生で初めて自分の目の前に現れた四天王という存在に興奮しながらゲーセンを後にした。  その日の帰りのタクシーで、プロレスラーのドン・フジイによく似た運転手に、先ほどの四天王との顛末を話した。渋谷界隈で働いて十年程になる運転手曰く「弱い奴ほどそういう異名にこだわりますからね、きっとまだ不良の中では下の下のガキなんでしょうね」とのこと。確かに、私が四国から上京して一番イキっていた時期、渋谷のソープランドに風神柄と雷神柄の柄シャツ二つを持ち込み、ソープ嬢に「どっちが俺に似合うかな」と選ばせ、ソープ嬢に風神のシャツの袖を通してもらいながら「俺は風神として生きる」と言っていた自分と重なる。ちょっと違う気もする。ただ、子供がそういう異名に憧れる気持ちは分からなくもない。四天王と言えば一番に頭に浮かぶ「玄武・白虎・朱雀・青竜」という四神。漫画やゲーム等でもちょくちょく登場するこの異名には私も憧れたものだった。子供が四人集まると、自分はどの神に相応しいのかを議論したものだ。その時によく喧嘩になる原因は「誰が玄武をするか」だった。四神といっても、漫画やゲーム等で玄武はいつも最初に登場して撃破される損な役回りが多いのに加え、他の三神が虎、鳳凰、竜なのに比べ、玄武は亀ということでスケールダウンは否めないからだ。  思えば、七年半同棲した彼女と別れた原因にも四天王は少し関係していた。地震が大の苦手である彼女が大地震への恐怖で布団で震えている時、こんな時こそ私がちゃんとしなければいけないと自分を奮い立たせようとしたのだが、かくいう私も地震が苦手で彼女を励ます言葉が出なかった。これではいけないと思った私は、敬愛する初代タイガーマスクのマスクをかぶり、自室のトイレで虎になって自慰行為をした。自慰行為の後の喪失感に近い爽快感と、愛するプロレスラーから勇気をもらったような錯覚で地震の恐怖に打ち勝った私は「もう大丈夫だ」と泣いている彼女の背中に優しく手を置いた。彼女はその一部始終をちゃんと見ており、私と別れる決定打になったそうだ。私は白虎になれなかったのか、それとも白虎になったことで愛する女を失ったのか分からない。いや、本当は分かっているのだが。
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そんなことを思い出しながら、運転手に話しかけた
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死にたい夜にかぎって

もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー!

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