更新日:2022年08月22日 02:40
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表記統一へのこだわりは日本語の豊かな表現を失うことにならないか?【鴻上尚史】

三種類の表記で多様な表現ができる

表記統一へのこだわりは日本語の豊かな表現を失うことにならないか? そして、漢字とひらがなとカタカナの使い分けも自然に生まれました。僕の中では、「何!」というセリフと「なに!」と「ナニ!」は全然、違うのです。  漢字を使えば硬い印象になり、ひらがなは柔らかく、カタカナは不思議な感覚になります。  三種類の表記を持っている言語というのは、世界の言語の中でもかなり特殊だと思います。これは日本語という言語の大きな特徴であり、多様な表現ができる武器です。  なのですが、校閲は不統一を指摘します。  もちろん、作家が「統一はしない」と宣言すれば、校閲さんや編集者さんはそれ以上のことは、普通、言いません。(作家との力関係で変わるのかもしれません)  が、『八月の犬は二度吠える』が講談社文庫になる時には、こういう指摘が300カ所ほどありました。びっしりと書きこまれたゲラを見ていると、だんだんと弱気になってくるのです。  だって、毎回、「ここ不統一」「はい、ここも不統一」「ここも不統一」と300回、言われてごらんなさい。だんだんと「すみません。悪いのはおいらです。おいらのせいで校閲さんのお手をわずらわせてるんです。おいらは人間のクズです」と懺悔したい気持ちになっていくのです。  でもね、やっぱり、「ねえ、あたしとつきあわない?」と女性が言うのと「君との付き合いは完全に間違いだった」と男が言うのは違うんだと、自分を鼓舞して踏ん張って、表記の統一に抗っているわけです。  なのに、一般の読者が「表記の統一ができてない。二流の作家と編集者なんだな」と決めつけるようになったのなら、これはもう、叫ぶしかないと思うのです。  昔の文学作品を読むと、表記が不統一なことが多いです。いつからか、とても几帳面になってきました。  なので頭を抱えて「日本人はこういう所で几帳面にするのが得意だし、好きそうだなあ。表記の不統一を見つけ出して、それを問題にするのはじつに簡単で分かりやすいから、これが文章表現の基準になってしまったら、日本語から豊かな表現が失われてしまうのになあ。でも、そういう流れになるんだろうか。困ったなあ」と溜め息をついているのです。
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本連載をまとめた「ドン・キホーテのピアス」第17巻。鴻上による、この国のゆるやかな、でも確実な変化の記録


八月の犬は二度吠える

悲劇の夏から24年、たったひとつの恋のため、仲間を崩壊させた自分に死の床についた“かつての友人”が託したのは京都中を震撼させるはずだった極秘作戦の完遂―『八月の犬』で送ってくれそれだけが、俺の願いだ―

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