オナニーするため、愛する女の頭を撫でるためにこの手がある――爪切男のタクシー×ハンター【第三十二話】
ある日の仕事帰り、俳優の我修院達也によく似た凛々しいつながり眉毛のタクシー運転手に、火に取り憑かれていた過去と、親父を燃やそうとした自分の罪を告白した。
「……なんといっていいか分からない話ですね」
「……すいません」
「でも、正直うらやましいなと思うんです。私は早くに親父を亡くしたんです。だから、親父との思い出らしい思い出がないんですよ」
「こんな過去でも思い出にしていいんですかね」
「お互いに笑い話に出来ているならいいんじゃないですか」
「それなら大丈夫だと思います」
「……」
「……」
「……私にも息子が一人いまして」
「はい」
「私がうるさく言わなくても、ちゃんと育って、普通に大学を出て、結婚して孫の顔まで見せてくれました」
「……素晴らしい息子さんですね」
「ありがとうございます。自慢の息子です。でもちょっと味気ない人間に育てちゃったかなとも思うんです。さっきのお客さんの話を聞いたら」
「ははは」
「私も一回ぶん殴るぐらいのことをして何かを伝えてやれば良かったです。まぁ、そこまでして伝えたいことなんてないんですけどね」
「……」
「……」
「運転手さん、僕、たまに自分の手を見てて思うんですよ。この手は何の為についてんだろうなって」
「……はい」
「親父に火を付けようとしたり、パチンコもやめれないし、大好きな彼女がいてもオナニーばっかりしちゃうし、風俗で女の子ベタベタ触っちゃう。 本当にろくでもないことしかしない手なんです」
「ははは、はい」
「ちゃんとしたことに、この手を使いたいなって思うんですけどね」
「……」
「自分の手が本当に嫌で嫌で、切り落としたくなる時あるんです」
「……お客さんでもそんなに落ち込む時あるんですね」
「ははは、ありますよ」
「冗談です。すいません」
「……」
「……それが普通じゃないんですか?」
「……普通?」
「音楽家も画家も小説家もみんな同じですよ」
「同じ……」
「どんな天才でも、男は自分の手でダメなことをしてます。みんなオナニーだってしてますよ。酷いことしてますよ」
「……」
「音楽家はオナニーをした手で楽器を弾いて名曲を作るんです。画家はオナニーをした手で筆を握って素晴らしい画を描くんです」
「……」
「結局は、その手を使って、自分がやりたいことをやるかやらないかだけじゃないですかね」
「……レノンはオノ・ヨーコを手マンした後の手で『イマジン』を作曲したんですかね」
「……」
「我ながらひでえことを言っちゃいました」
「そうですね」
「元気出ました。ありがとうございます」
「一つ素敵なお話をプレゼントしますね」
「はい」
「世間では感動のピアニストと呼ばれている有名な女性ピアニストさんがいるんですけど、彼女、作曲する時に、出張ホストのイケメンを呼んで、自分のおっぱいを吸わせながら作曲してるらしいですよ」
「ははは」
「この前、お乗せした音楽業界の人から聞きました。良い話でしょう」
「はい、男も女も何かを作る人ってのはひどいもんですね」
「お粗末様でした」
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『死にたい夜にかぎって』 もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー! ![]() |
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