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オナニーするため、愛する女の頭を撫でるためにこの手がある――爪切男のタクシー×ハンター【第三十二話】

 深夜二時、私が帰宅すると、同棲中の彼女が西武新宿線の線路が見下ろせるベランダで、プカプカと煙草をふかしていた。 「おかえり~」  いつもと変わらぬ気の抜けたトーンの彼女の言葉に安心する。この前、私から煙草の吸い過ぎをきつく注意されたことを思い出して、すぐに煙草をもみ消した。すぐにでも次の一本を吸いたいところを必死で我慢している。そんな様子が本当に意地らしい。  私がスッと近づくと、また怒られると思ったのか、両目を閉じて身構える彼女。そんな彼女の頭を優しく撫でて、二週間ぶりのキスをして、煙草をくわえさせる。キョトンとしている彼女。私は黙って彼女の煙草に火を点ける。 「煙草の火……はじめてだよね」 「たまにはね」 「……なんかうれしい」  まだ、この手で何をやりたいのかはよく分からない。  ただ、とりあえず今だけは、愛する彼女の頭を撫でてやろう。    たまに煙草にも火を点けてやろう。  そういうことと気持ちの良いオナニーに自分の手を使いたい。  彼女が吸っている煙草の火がまぶしく光る。  この火は私と彼女の二人だけを幸せにしてくれる魔法の火なのだ。  彼女が一緒に居てくれる限り、私が火の使い方を間違えることはないだろう。 文/爪 切男’79年生まれ。会社員。ブログ「小野真弓と今年中にラウンドワンに行きたい」が人気。犬が好き。 https://twitter.com/tsumekiriman イラスト/ポテチ光秀’85年生まれ。漫画家。「オモコロ」で「有刺鉄線ミカワ」など連載中。鳥が好き。 https://twitter.com/pote_mitsu ※さまざまなタクシー運転手との出会いと別れを繰り返し、その密室での刹那のやりとりから学んだことを綴ってきた当連載『タクシー×ハンター』がついに書籍化。タクシー運転手とのエピソードを大幅にカットし、“新宿で唾を売る女”アスカとの同棲生活を軸にひとつの物語として再構築した青春私小説『死にたい夜にかぎって』が好評発売中
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死にたい夜にかぎって

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