渡辺浩弐の日々是コージ中
第520回
7月20日「編集者のクリエイティビティー」
・マンガ家や小説家がネットに活動の場を以降していく流れが加速していく。そこで問われるのが、出版社の役割だ。特に読者側がこれまであまり知ることがなかった「編集者」のクリエイティビティーとは何か、ということが、明確になっていくはずだ。
・「編集者が不要になる」という意見も、「編集者が再認識される」という意見もあり、どちらも正しいと僕は思う。仕事をしていない編集者は不要になる。原稿を受け取って印刷屋に流すだけで高収入を得ている人たちのことだ。逆に優秀な編集者はスター化して、さらに前に出てくる。大手出版社から独立して巨億の富を得る人も大勢出てくるだろう。
・さて、優秀な編集者とは、どんな人か。これまでにすごいと思った編集者を思い出してみても、知能が高くてビジネス的な計算ができる人、性格無茶苦茶で生活荒れまくってるのに作家をひきつける魅力がある人、など、その個性はさまざまだ。ただし、全員に共通していることが一つだけある。
・新人の才能を見抜いて、導ける人だ。
・マンガ家も小説家も、第一作が最高傑作となる人が結構な割合でいる。そういう人が、ダメ編集者に出会ってしまったせいでチャンスを失い腐っていくという不幸が、すごく多いのだ。若い、才気ほとばしる作家さんから、編集者からとんでもない対応をされたり勘違いアドバイスを受けたりした話を聞くことがある。彼らにとって、別のところに行ってみる、という選択はとても難しいのだ。
・編集の能力をはかるスケールがないせいで、才能を見極める才能がなくてもその地位についている人がたくさんいるのだ。出版界にとっては機会損失の、そしてそのせいで潰れていく作家にとっては人生の損失の、元凶である。
・さて今後はネットを舞台にセルフプロデュースでチャンスを掴もうとするクリエーターが激増すると思うが、そういう人達は創作力だけでなく、この「編集力」というものを身につける必要がある。ただし編集の対象はたった一人、自分自身ということになる。これは簡単なようで難しい。
第519回
7月15日「赤と青」
・子供の頃、兄に頭をバットで殴られて昏倒したことがあった。命は取りとめたが、意識が戻ってしばらくしてから、自分がおかしくなっていることに気づいた。
・赤い色が青に、青い色が赤に見えるのである。たとえば青空が一面、真っ赤に見えるのだ。驚いて転んで膝を切ったら、そこから青い血が流れ出す。
・そのことを他人にうまく説明できない。「空が赤いんです」「ふざけるな青いじゃないか」となる。そこで、ふと考えた。自分が赤く見えている色は、他の人にはそもそも僕が青と呼んでいた色だったのではないか、と。
・「赤っていったら赤だ。血液の色。燃えさかる炎の色。熟したリンゴの色」……いや、それらみんなが青く見えてるとしたらその青は赤じゃないか。
・「青は落ち着く色、赤は興奮する色だ。赤は、見ていたらなんか熱い感じのする色だ」……いや、もし火や血が青く見えるのなら、青色にそういうイメージを感じるだろう。
・自分が見えている世界は、他の人が見えている世界とは全然違うのだ。他人に、自分のことを理解してもらうことなど、不可能なのだとその時、悟った。
・諦めてしばらく暮らしていたら、やがて、赤と青が入れ替わった違和感はなくなったのである。青だった色が赤と、赤だった色が青と、普通に感じられるようになった。僕はこの世界に慣れたのだ。というか、人間の主観なんて、この程度のものだったのである。
・この感じを体験したい人は、視界の上下がさかさまになるヘッドセットが売っているので、試してみるといい。装着して生活すると、最初の頃はそりゃもう不便で満足に動き回ることもできないが、数日で慣れる。というか、上下ひっくり返って普通に見えるようになる。
(今アマゾン見て来たけど、これプレイステーションVRより高いんですね)
第518回
7月8日「食っていけるかどうか」
・写真学校に入る若者の大半は、将来は写真家として身を立てる予定でいるようだ。しかしプロのフォトグラファーとして一生食っていける人はそのうち1%もいないだろう。しかし、それ以外にも人生はある。
・ちゃんとした写真学校なら、芸術写真の撮り方だけでなく、街の写真館やカメラ屋さんなどで働く際に役立つようなことも、きちんと教えてくれる。記念写真や証明写真をきちんと撮るスキルにも、一眼レフの使い方を店頭でわかりやすく説明できるスキルにも、価値がある。例えば50人並んだ記念写真を撮る時に一人でも顔が隠れていたら大問題になる。そういう仕事だって簡単なことではないのである。
・マンガや声優の学校が増えている。ゲーマーの学校も出来たそうだ。マンガ家や声優になれなかったとしても、プロゲーマーになれなかったとしても、そこで身につけた技術でなんとか食っていけるようには、してあげてほしいと思う。卒業してその仕事につける可能性が5割を切っているとしたらそれは学校ではなくサークルだ。そこでやっているのは勉強ではなく娯楽だ。
・専門学校や大学で単発やレギュラーで授業を受け持つ機会があるが、僕の場合は、生徒一人一人が将来「食えるようになる」ことが第一義だと思っている。そのための方策を提示したり、さらに時間があれば方法を教えたりするようにしている。
・マンガの実作を専攻する学生たちのための講演を頼まれたことがある。漫画誌でデビューできなくても今後はネットでファンをつけて収益を得る方法もある、ということ、そしてその具体的な事例を説明したのだが、どうも話が通じない。生徒の話を聞くと「いや僕は普通にプロとしてデビューしますから」「雑誌や単行本で稼ぎますから」と口を揃える。その自信の根拠は、入学する時に学校側から「うちの卒業生の7割がプロになっている」と言われたからだそうだ。
・本当かなと思って調べたら、その「プロになっている」ということは「担当編集者がついている」ことだった。出版社を紹介して、一度でも編集者に作品を見てもらえたら、もうプロ、ということらしい。