猪瀬直樹「日本人にとって正義とは何か?」
戦後、アメリカに基地とカネを差し出すことで、経済最優先のもと“ディズニーランド化”した日常を謳歌する日本では、語るべき正義は失われた……。そんな日本の正義を、作家・猪瀬直樹氏が紐解く。誰が意思決定をして誰が責任を取ったのか――不決断をよしとする国民性、同調圧力に屈しやすい「空気」を炙り出す
「日本人は正義を失って久しいけど、こうして火を見ていると見入っちゃうし、癒やされるよね。(事務所の暖炉に灯る火を自ら撮影し、ネットにアップした動画をスマホで再生。1分経過)……あ、再生数が1000を超えたよ! こういう感性は失われないものなんだな」
あたかも“ユーチューバー”のような発言の主は、東京都知事として五輪招致を成し遂げ、知事辞任後はこれまで以上に旺盛に言論活動を展開する作家・猪瀬直樹氏。このほど、独自の憲法草案の起草やサロン「ゲンロンカフェ」の経営など、ユニークな活動で知られる俊英の思想家・東浩紀氏との対談本『正義について考えよう』(扶桑社刊)を上梓したばかりだ。
安保法制や憲法改正、福島の復興や沖縄の基地問題から、混迷を極めた新国立競技場や大学文学部不要論……多岐にわたるテーマを論じ、ときに対談ならではの「ここだけの話」やジョークを交え、ときに刺激的に挑発しあい、日本人の「正義」に迫った知的エンターテインメントに仕上がっている。
「今、日常生活を見渡すと、誤った正義なら、そこここに生まれている。少年事件が起きると、容疑者の本名、住所から顔写真までをウェブ上に晒す……“ネット私刑”が典型的な例です。私刑を下す側にすれば、犯人に制裁を加えるのは“正義”にほかならないわけです。では、正義とは何か。それは大義であり、志と言い換えてもいい。でも“ネット私刑”は、事件への感情的なリアクションにすぎず、大義などありません」
同書で東氏は、「ネットだから先進的というわけではない。ただ単純に社会の多数派を反映する」と指摘する。ネットの荒涼とした風景が今の日本人の姿を映しているとするなら、正義の発露を期待することは難しい……。
「日本にも、かつて正義はあった。19世紀、欧米列強のアジア侵略に日本は抵抗し、日清・日露の2つの戦争に勝利したが、当時、日本は欧米から不平等条約を押しつけられ、関税自主権はなく、治外法権を認めさせられていた。周囲のアジア諸国は欧米の植民地となり、そうなる危険が大いにあった日本は国家としての自立を急いだ。そんななか、正義があったから戦ったわけです。
その一方で、同じアジアの国々に対して想像力を備えた人々が当時の日本にはいました。アジア主義を唱える彼らは孫文を支援し、征韓論や脱亜論とは反対に、朝鮮と日本の対等合併によって(大東合邦論)、南下するロシアに抗しようとした。明治期に札幌農学校で教鞭を執ったクラーク博士の言葉『Boys, be ambitious』は、『少年よ、大志を抱け』の日本語で知られるが、ambitiousはもともと野心や野望という意味。『大志』と訳した明治の日本人には、やはり正義が見て取れます」
日本人はいつ正義を失ってしまったのか。時代が明治から大正へ変わると第1次世界大戦が勃発総力戦の末、2000万人もの死者を出した欧州は全滅の危機に瀕す。
「ひとたび、戦端を開けばお互いに滅びてしまうことを欧州諸国が理解した結果、国際連盟ができて、パリ不戦条約が結ばれました。ところが、ヒトラーがこれを破り、日本も満州、中国へと進出した。当時、世界を支配していた欧州の帝国主義に抵抗することは正義だったが、中国大陸への進出は帝国主義への抵抗とは何ら関係ない……。日本はアジアを解放するという大義、つまり正義を失ったまま太平洋戦争に突入し、完膚なきまでに負けたわけです。
ただ、アジア主義という大義は、日本人の底流には辛うじて流れていた。敗戦後、日本の植民地だったインドネシアで独立戦争が起きると、残留日本兵が参戦し、現地の人々を後押しした……正義は残っていたのです。ところが、戦勝国によって日本の“戦前的”なものは一切を否定され、日本が持っていた正義は、ついに立ち消えてしまった」
戦後の日本を、猪瀬氏は“ディズニーランド”というひと言で表した。自国の安全保障をアメリカという門番に任せ、世界各地で戦争が起きている現実から隔絶されたファンタジーの世界に、日本人は生きてきたのだ。
「そして、正義についてまったく議論されることなく今に至っている。’91年、イラクのクウェート侵攻から始まった湾岸戦争では、多国籍軍に参加するかどうか、日本の正義が問われたが、平和憲法があるので自衛隊の派遣はできず、資金を提供することしかできなかった。130億ドルも支援したのに、のちにクウェートが30か国に謝意を示した新聞広告に日本の名はなかった……そこから、ようやく正義の模索が始まる。それまで“ディズニーランド化”された日本では、正義について考えることはなかったのです。だから今、大量のシリア難民が苛酷な状況にいても、日本人は想像力が働かない」
なぜ、日本から正義は失われたのか。決断しなければ、責任は問われない――日本人の思考の習慣から、日本において正義は“不決断”のジレンマのなかに埋没しやすい、と猪瀬氏は言う。
「『昭和16年夏の敗戦 (中公文庫)』に書いたように、太平洋戦争直前、日本は決断できずに時間だけが過ぎ、石油備蓄を減らして、開戦に向かわざるを得なかった。つまり、不決断で始まった戦争だったのです。決断できず誰も責任を取らない……今年、混乱を極めた新国立競技場の建設についても同様です」
⇒【後編】「安倍首相の行動は日本の正義不在の状況を後押しした」に続く
【財団法人・日本文明研究所シンポジウム】
「日本文明と地方創生―『強み』=『弱み』で読み解く日本の勝ち残り戦略」
12月8日18時30分開場 19時開始
於・日本経済大学大学院246ホール
http://synapse.am/contents/s/event-1208_nihonbunmei
取材・文/齊藤武宏 撮影/遠藤修哉(本誌)
<緊急出版記念>猪瀬直樹「日本人にとって正義とは何か?」



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『民警』 この国を守るのは「官」ではない。 ![]() |
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『正義について考えよう』 同調圧力に屈しやすく、リーダー不在でも自ら意思決定を下すこともできない。不決断と総無責任体制の日本には、正義は存在しないのか。安保法制、改憲論議、福島と沖縄の宿痾、東京五輪問題、ジャーナリズム論、文学部不要論……日本が直面する諸問題を「正義」を軸に激論を交わす ![]() |
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