「女を抱いた後の飯は美味い」態度の悪い風俗嬢に勧められた絶品ナポリタン――爪切男のタクシー×ハンター【第二十話】
一年間も通い詰めると、篠さんも自分のことを少しは話してくれるようになった。篠さんは、若い時は場末のキャバレーで働いていたそうで、その当時の写真も見せてもらった。若い時の篠さんは加賀まり子によく似たキュートな笑顔をしていた、写真の中の篠さんに胸がときめいた。楽しく働いていたのだが、経営難で篠さんのキャバレーは潰れてしまった。退職金代わりにお店の備品をもらえることになり、篠さんはお店に飾っていたミラーボールライトを持ち帰ったそうだ。水商売から普通の仕事への転身、収入の激減、中絶、離婚、どうしようもない男達とのどうしようもない恋、日々のストレスは半端ではなかったそうだ。堪え切れないほどの辛いことがあったら、真っ暗な部屋でミラーボールを回し、その光の中で思いっきり大声で泣いて、また次の日から頑張ったそうだ。
篠さんの話に感動した私は、その日の帰りにドンキで小ぶりなミラーボールライトを購入した。「また無駄遣いしやがって!」と同棲中の彼女に叱られてしまったが「これは良い無駄遣いだよ」と笑い飛ばした。真っ暗な部屋でミラーボールが回りはじめる。目がチカチカする派手で下品な光だが、肉体的にも精神的にも疲れていた私には下品だけど美しい光に見えて、無性に心地よかった。最初は文句を言っていた彼女も「なんだかいいね……」とミラーボールを気に入った様子だった。彼女には篠さんのことはもちろん内緒にしておいた。
篠さんがお店を辞めることになった。実家のお母さんが身体を悪くしてしまい、介護が必要になったのだ。バツイチで子供もなく独り身の篠さんは、これを機会に東北の実家に戻るという。私のこれまでの人生で、好きな人がずっと傍に居てくれたことはないので、篠さんとの別れも特に問題ない。突然の別れはもう慣れっこのつもりだった。
『死にたい夜にかぎって』 もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー! |
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