「女を抱いた後の飯は美味い」態度の悪い風俗嬢に勧められた絶品ナポリタン――爪切男のタクシー×ハンター【第二十話】
悪趣味な提案ではあったが、確かに良い提案かもなと思った。帰宅後、いつものように昼からグースカ寝ている彼女を叩き起こして、私は言った。
「前に何か食べたい料理あるかって俺に聞いたよね。俺、ナポリタンがいいな、ナポリタンが食べたいわ」
どれだけ作って欲しい料理のリクエストを聞かれても「特にない」の一点張りだった私のリクエストがとても嬉しかったのだろう。彼女はその日から来る日も来る日もナポリタンをバカの一つ覚えのように作ってくれた。もちろん喫茶店の味には到底及ばないどころか、正直言ってクソ不味かったが残さず全部食べた。
目の前にナポリタン。麺、机にこぼした麺を拾って食べていたら「汚いよ!」と篠さんに頭を叩かれた思い出。ケチャップ、赤色でもピンク色でもないケチャップ色にしか見えなかった篠さんの口紅の色。ソーセージ、ソーセージ色した篠さんの汚い肌。ナポリタンの全てから篠さんのことが思い出されて泣けてくる。くるくる回るミラーボールの光が涙で霞む。目の前には不思議そうな顔で料理の感想を待っている彼女がいる。そんな彼女がいとおしくてまた泣ける。もったいないくらいの幸せな日常がそこにあった。
あれから数年が経った現在、私は部屋に一人きり。最愛の彼女も居なくなった。不意にナポリタンが無性に食べたくなる時がある。風俗通いはまだ続いている。壊れて回らなくなったミラーボールは押入れの中にしまってある。もう取り出すことはないけども、決して捨てることはないだろう。
篠さんのことを思い出して実感したが、私はナポリタンが大好きだ。でもやっぱりナポリタンよりシーチキンの方が好きだ。理由は特にない。こうやって人生は続くのだ。
文/爪 切男 ’79年生まれ。会社員。ブログ「小野真弓と今年中にラウンドワンに行きたい」が人気。犬が好き。 https://twitter.com/tsumekiriman
イラスト/ポテチ光秀 ’85年生まれ。漫画家。「オモコロ」で「有刺鉄線ミカワ」など連載中。鳥が好き。 https://twitter.com/pote_mitsu
※さまざまなタクシー運転手との出会いと別れを繰り返し、その密室での刹那のやりとりから学んだことを綴ってきた当連載『タクシー×ハンター』がついに書籍化。タクシー運転手とのエピソードを大幅にカットし、“新宿で唾を売る女”アスカとの同棲生活を軸にひとつの物語として再構築した青春私小説『死にたい夜にかぎって』が好評発売中

―[爪切男の『死にたい夜にかぎって』]―
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『死にたい夜にかぎって』 もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー! ![]() |
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