「女を抱いた後の飯は美味い」態度の悪い風俗嬢に勧められた絶品ナポリタン――爪切男のタクシー×ハンター【第二十話】
篠さんの最終勤務日、私は初めて風俗に行かずにお店に顔を出した。別れの花は似合わない。長く育てられるサボテンの鉢を篠さんにプレゼントした。「最後までいけすかないことするねぇ」と篠さんは顔をくしゃくしゃにして笑った。お店には篠さんとの別れを惜しむ常連客がたくさん来店していた。篠さんは机を回って、一人一人としっかり時間を取って会話をした。下品だけど誠実。とても篠さんらしい。
私の机に、いつもより若干大盛りのナポリタンを運んで来た篠さんはいつもと様子が違っていた。
「今日は来てくれてありがとね」
「風俗行かずに来ましたよ、褒めてくださいね」
「はいはい、えらいえらい」
「へへへ」
「最後だから説教するよ」
「え……」
「いつまでも風俗とかで遊んでんじゃないよ、一緒に暮らしてる彼女がいるんだろ! 彼女大切にしろ!」
「……なんだよ、篠さんらしくないな」
「私は本気で言ってるんだよ! どうなんだい!」
「……」
「……」
「……」
「約束できないのかい! スケベのあんたらしいわ!」
そう言って篠さんは店内に響き渡るような大声で笑った。
「じゃあ、今は遊んでもいいよ。でもこれだけは覚えておいたらいいよ。これから先の人生であんたが好きだったナポリタンを食うたびに思い出しなさい。彼女に黙って風俗に通ってた頃の情けない自分を思い出しなさい。ダメだった時の自分を忘れない男は必ず良い男になる。私が保証するよ」
「そんなもんですかね」
「そんなもんだよ人生なんて」
「篠さん、短い間でしたがお世話になりました。長生きしてください」
「はいはい、お粗末様でした。元気でね!」
篠さんが私の席を去った後、半ベソをかきながらナポリタンを食べた。早くから気づいていたことだが、美味しいナポリタンを食べることよりも篠さんに会いたくてこの店に来ていた。さようなら、篠さん。
『死にたい夜にかぎって』 もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー! |
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