渡辺浩弐の日々是コージ中
第210回
4月18日「タイトルは終電時刻」
・深夜の地下鉄を舞台にしたUKホラー『0:34』試写。ホームで終電を寝過ごしてしまった女性。その後に来た電車につい乗り込んでしまう。ところが運転手は既に惨殺されていた。そして、地下の世界を逃げまどいながら体験する恐怖の一夜。
・『ラン・ローラ・ラン』のフランカ・ポテンテが、都会の日々に疲れているキャリアウーマンをうまく演じている。ロンドンの地下鉄は、雰囲気が日本のそれと割と似ている。他の大都市では地下鉄はもっと汚くてもとからヤバそうだし、それにたいてい24時間動いているし。
・様々な施設が放置されていたり、ホームレスが不法占拠していたり、動物が繁殖していたりする異世界が、実にリアルな状況として提示される。路線の周囲の地下世界が一体どうなっているのかという興味(恐怖)も、日本の、特に都市圏の住民なら強く共感できるものだろう。新旧の路線が無計画に敷設され密集している状況は東京もロンドンと同様なのだ(前に一度書いたが今ちょうど東京の地下世界について取材を進めている……戦争をはさんでいろいろな目的で何重にも開発されたせいで、我々の足の下も相当にすごい状況になってるぞ)。
・ただしこの映画では割と早いタイミングでボスキャラが正体を現してしまい、そこからは面白さが半減する。欧米のホラーは恐怖を急いでビジュアル化しようとしてしまう。とことん見せずに怖がらせ続けるのは、日本人の才能かもしれない。
4月19日「世界の南端で、愛をさけぶ」
・フランス映画『皇帝ペンギン』。この作品の評判も業界クチコミで広がっていて、試写は超満員である。南極のペンギンの生態を収めたドキュメンタリー・フィルム。が、ものすごく感動的なドラマとして仕上がっている。膨大な分量の素材(8880時間!)そして卓越した編集センスのたまものである。
・映像はまず、よちよちと歩くペンギンの姿を捉える。何日も何十日も歩き続け、ついには100キロ近くを走破した末にたどりついた氷原。そこでカメラが引くと驚愕させられる。その同じ日・同じ時刻・同じ場所に何千何万羽のペンギンが一同に集まってきているのだ。そして始まる求愛のダンス。白い世界の中を舞う愛らしいしぐさは羽毛一本一本のしなやかさが伝わってくるほど丁寧に撮影されている。それは人間のラブシーンよりずっとずっと美しい。
・ナレーションはペンギンの男女を想定したセリフ仕立てになっていて、しかしほとんど感情は込められることなく淡々と続く。吹きすさぶブリザードの中、最長120日間もタマゴを守り、ヒナを育てる。それは全てただ一羽のパートナーとの連携の上にのみ完遂されるものであることがわかっていく。タマゴを産み栄養が尽きた母ペンギンはいったん餌を採りに海辺に戻る。その間、父ペンギンは最長120日間も絶食しながらタマゴを守る。無事ヒナが生まれても母ペンギンが速やかに戻って来なければ死を待つばかりとなるのだ。
・これは「アニマルプラネット」とか「野生の王国」の感動ではなくて一流のラブ・ストーリーの感動である。大切な人と観に行くといいと思う。
4月21日「都の西北とは」
・早稲田の授業。大学院国際情報通信研究科の本拠地は本庄キャンパスに移転しているので今年は上越新幹線でそちらに通うつもりだった。が、アンケートを取ると生徒の大半が早稲田での授業を希望していた。ので、猥雑にして魅力的な街・早稲田にもうしばらく居残ることにした。もちろんテレビ電話を使って本庄の教室にも対応するわけだ。
・早稲田は来年度以降、各学部の方でも大がかりな再編があるらしい。特にデジタル系の専門分野に関わるところは時代に即して大きな変革が行われる。 デジハリや慶応SFCとはまた違う独自の方向性が確立していくことになりそう。理工学部はもちろんだが、個人的には文学部の演劇映像専修でやってるようなカリキュラムとの合流があっても良いと思う。
・ただしテクノロジーではなくコンテンツをテーマにする時、新しいキャンパスの恵まれたハード環境にこだわるべきか、古くからの街と一体化したキャンパスの持つ情報量にこだわるべきか、考えどころだろう。SF映画の未来都市のように人工的な環境でアイデアなんかでてこねーよ、という意見もあるが、例えば映画製作のプロセスがデジタル化したことにより、機材環境さえ高度なものが揃えばどこにいても世界最前線の仕事に対応できるような状況は、すでに、ある。そうやって香港やインドの映像プロダクションはハリウッドとのコラボレーションを盛んに行っているわけである。
・授業を通じて今の学生の意見を聞きつつ、いろいろ提案してみよう。個人的にはもし授業が本庄に移転してしまったら、中野ブロードウェイでの月イチ勉強会を復活しようと考えている。みんな、参加する?
第209回
4月8日「物持ちの良さ」
・DSの『エレクトロプランクトン』とてもキモチイイ。電子の海を泳ぐ様々なプランクトンたちに、タッチペンで触ったり、あるいはマイクに声をかけたりして干渉する。10種類のプランクトンたちはそれぞれ独特の反応をする。踊ったり、増殖したり、喋り返してきたり。それが全て、心地よい音楽と映像になっていく。
・作者はメディアアーティスト、岩井俊雄氏。ラフォーレ原宿で開催されていたエレクトロプランクトン展にも行ってみた。岩井氏の創作の歴史をまとめたものになっていて、「時間層」シリーズやウゴウゴルーガのCGキャラクター、あるいはファミコン(ディスクシステム)対応の音楽シューティングゲーム『オトッキー』などの作品が時代の順に並ぶ。発売中止となったスーファミ版『サウンドファンタジー』のパッケージやマニュアルまで!
・ずっと時代を遡ると、小学生の頃デスクに描いていたラクガキや発明ノート、万博見学の記録、中学生の頃は教科書の隅に描いていたパラパラマンガ、なども展示されていた。顕微鏡やテープレコーダーや電子ブロックはこの『エレクトロプランクトン』の発想に直接つながるものだったという。個人的には同世代なので、とても理解できる。それにしてもこの人、異常なほどの物持ちの良さである。
4月13日「ゲームクリエーター的才能」
・『運命じゃない人』という映画の評判がとても良いので試写を見に行った。PFF(ぴあフィルムフェスティバル)出身の内田けんじ監督が、PFFスカラシップのシステム上で撮った商業デビュー作らしい。
・アタッシュケースに詰まった札束をめぐり、気弱なサラリーマン、探偵、女結婚詐欺師、失恋した女、やくざの組長、等々が繰り広げるそれぞれのエピソードが、個々の視点から描写される。時間軸が行きつ戻りつしながらそれぞれのストーリーは巧みにリンクしていく。それぞれの視点がすれ違うたびに同じシーンが繰り返されるが、それらはどんどん違う意味を持つようになっていく。
・と書けば、ああ『パルプ・フィクション』ね。と納得してしまう人が多いだろう。確かにその通り、これはあまりにもパルプ・フィクションであり、ゆえに評論家はあまりほめてくれないだろうし、映画祭に打って出るにも不利かもしれない。
・しかしですね、この作品は、ちゃんと別のオリジナリティーを持っているのだ。あの構造の上に、非常に日本的なスタイルの物語を載せることに成功してるわけ。例えば同じシーンが視点を変えて何度もトレースされることを前提に、演技は、徹底的に演出されつくしている。それで役者の挙動やセリフは、まるで小津映画のように奇妙に様式的になっていて、それがなんともいえない索漠とした味になっている。また、携帯電話による会話がそれぞれの物語のうまい接点として機能している。そういうギミックによって、今都会に住む独身男女の孤独が、とてもしんみりと暖かく現出していくのである。この監督のシナリオ力は、凄いです。
・『街』を思い出す人も多いかな。ゲーム業界が不景気になったおかげで、ゲームクリエーター的才能が各界に散らばり始めたような気がしてるんだけど、どうでしょう。
4月14日「ITバブルに中身を詰めて」
・早稲田大(大学院国際情報通信研究科)の講座が始まった。この学科の狙いはIT系のスペシャリストを育成することだ。例えばデジタルコンテンツとしての映画の研究もきちんとやっている(PFFの入賞者を受け入れたりもしているらしい)。
・僕も学生と一緒に、コンテンツの特性を学問の領域から捉えていくことに努力している。大手企業にも余裕がなくなってきたせいか、ここ数年は社会人入学者が激減しているが、でも今が落ち着いて研究を深めるチャンスだと思う。ITのブームはもう一度来ると思う。ただし今度はバブルではなく、真剣に中身(コンテンツ)を詰めていく努力が求められる。
第208回
4月2日「『商材』としてのアニメ」
・東京国際アニメフェア2005。東京都主導で「産業としてのアニメを振興する」という明確な方向性がある、つまり非常にいさぎよいイベントである。出展する側も来訪する側も目的意識を持って参加できるところがいい。例えばコナミの新作『極上生徒会』のチラシには、ロイヤリティーのパーセンテージまできちんと明記されている。あくまでも「商材」としてアニメ作品を展示、そして国際的な商談の場としての機能を最優先にしているわけだ。アニメは天才による美術品や職人による工芸品でいいのか、もっとちゃんと商売するべきじゃないのか、という問題意識の提示でもある。
・目に付いたところでは、「NOITAMINA」というブランドを打ち立てているフジテレビ。『ハチミツとクローバー』や『パラダイスキス』がこの枠(毎週木曜24:35~)だ。深夜帯アニメを固定化したおたく層からなんとか一般層に広げようという努力である。こういう試行錯誤はいつかなんらかの形で実ると思う。
・それから最近、インデペンデントなスタンスでメジャーな作品を仕上げようと努力しているCG作家が増えている。5年後、10年後の映像産業を考えると、この人達に場を提供する形で運営される「クリエーターズワールド」もとても重要だ。
・そんな場所で、銭金でブレイクした貧乏映画監督(@処女作準備中)のギー藤田さんとばったり会って驚いた。
4月3日「石井聰亙監督の獲得したもの」
・石井聰亙監督がハイビジョンで、自主制作体制で創り上げた新作映画『鏡心』を観る。創作に煮詰まった女性映画作家(市川実和子)が、撮りかけの映画をほったらかしてバリ島に行く、というシンプルな話。こちら側の世界とあちら側の世界が、どちらもきちんとくっきりと映し出される。
・石井監督自身がカメラをかつぎ、他わずか数名のスタッフで撮ったという。そのスタイルがとても気持良かったと石井監督は言う。指揮者の必要なオーケストラではなくジャズの少人数バンドの形式で、インプロビゼーションの発生を仕掛けていったという。風景も、役者の演技も、まるでドキュメンタリーのようにリアルだが、その映像は、決して貧しくない。渋谷の街並みやバリ島の自然が、この映画のために全て計算ずくで作り上げた巨大セットのように見えるのだ。
・石井監督は、ビデオカメラで撮る映画の文法を獲得している。その技量を持ってして、計算されつくしたフィクションを、ウソのないナマの映像で作ろうと、考えたのだと思う。
4月4日「脳味噌ぐちゃぐちゃオナニーシーン最高!」
・『-less(レス)』試写。極限状況ものサスペンス・ホラー。監督は新人のジャン・バティスト・アンドレアとファブリス・カネパ。夜闇を走るクルマに同乗した夫婦とその娘、息子、そして娘の婚約者。森の中の道端で、赤ん坊を抱いた女を見つける。そこから先はなぜか同じ道から出られなくなる。ぐるぐる走り続ける家族に身の毛もよだつアクシデントがうち続き、一人また一人と惨殺されていく。
・と書くとくらーくしめったホラー映画と思われそうだけど、実際はすごくいいテンポでげらげら笑いながら観られる。一家のめんめんがどいつもこいつもボンクラで、ちっともかわいそうじゃないところがいい。緊迫のさなか息子はマスターベーションをはじめるし、お父さんは死体を枝でつんつんつついてるし、お母ちゃんも娘も浮気してたってことが発覚するし。
・スティーブン・キングやデビッド・リンチの影響を受けた世代の監督が、いい具合にフザけつつ作ったという感じ。きっとオタクなんだろうなあ。お父さん役のレイ・ワイズは、ただリンチ組だってだけで起用されたのだろう。