人気俳優から社長になった男がなぜインドに?――小橋賢児「僕が旅に出る理由 」【第1回】
2015年の夏、日本中でもっとも熱かったダンスミュージックフェスティバル「ULTRA JAPAN」は、一人の男の熱狂から始まった。周囲の反対を押し切って開催したイベントは成功し、巷間に伝導したころ、その男はバックパック一つでひっそりと旅立つ。
【僕が旅に出る理由 第1回】
2015年12月29日。Singapore Airlines Boeing 777 シンガポール経由ムンバイ行きの機内にいた。離陸してしばらくすると、機内のアナウンスが聞こえた。
「間もなく右手上空から綺麗な富士山がご覧になれます」
僕はいつも飛行機に乗る際には窓側を必ず予約する。それはたとえ同じ飛行機に乗って同じ空を眺めてたとしても、行きと帰りでは全く違う自分がそこにいるからだ。飛行機はある意味で人間の時間軸を変える現代におけるちょっとしたタイムトラベルみたいなものだから、そういう意味でも飛行機から眺める景色というのは旅する者(僕)にとっては、特別なものなのだ。
間もなくすると、冬の透き通った空から綺麗な富士山が姿をあらわした。
⇒【写真】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=1036177
世界中いろんなところに行っても、こんな綺麗な象徴的な山が普通に機内から見えるところってないよな~なんて思いながら、いつもの僕とは違っていた。仕事の合間を縫ったり、仕事と併用しながらの旅はそれなりに行っている方だとは思うが、今回は約3ヶ間日本を離れることになる。仕事でもなく、ちょっとパリやNYなどの街に住むでもなく、行く宛てもなく、ただインドを旅する。
まだ10代や20代前半の自分探しの旅ならまだしも、現在、僕は36歳。
一応会社の経営者でもあり、それなり大きな仕事も動かしている身だ。今の会社を畳んで出直すつもりならまだしも、様々なプロジェクトも現在進行形で動いている。
会社、仕事大丈夫なの?
リスク大きくない?
今流れに乗ってきてるんだから、もったいなくない?
そう言われると、確かにそうだよなぁ、やっぱり我慢して今のところに留まろう。と、一瞬「一人の僕」はそう思うのだけど、いや、急がば回れという言葉もあるように今だからこそ回るべき道ってのもあるんじゃないか? そう思う「もう一人の僕」が同時にいた。このように誰でも二つの考えが同時に並行する時があり、大抵は前者に落ち着くのだけど今回は何かが違った。一旦そう思うといてもたってもいられなくなる性格だから、もう誰も止めらない。試行錯誤しては少しずつ周囲を説得して「けんじは今いくべきだ」という環境までもっていった…笑。
ところで誰だかわからないヤツの話を聞いてもつまらないでしょうからちょっとだけ自己紹介を…
僕の事を知っている人も知らない人もいると思いますが、数年前まで俳優としてテレビや映画、舞台などに出演してました。
わかりやすいところでいうとNHK朝の連続テレビ小説『ちゅらさん』で 主演の国仲涼子さん演じるエリィの旦那さん役をやったり、岩井俊二監督の映画『スワロウテイルバタフライ』や、フジテレビのバラエティ番組ではキャイ~ンさんと一緒に7年以上もレギュラー出演してましたので世間様の前にはそれなりに顔を出してたと思います。
その後、27歳で突如芸能界を無期休業して渡米。世界中を旅をしながら映像を撮り始めました。
そのせいあってか、旅人でベストセラー作家の高橋歩くんと車椅子の不良おやじCAPとの旅をドキュメンタリー映画にして、映画監督デビューしたり、世界中で出会った様々なイベントからインスパイアされイベント制作をはじめ、その後の会社を立ち上げ、Dior、イブサンローラン、Redbullなどの企業PRイベントの制作、ディレクションなどをやったり。
最近では、お台場で開催されている2015年は9万人の観衆を集めた「ULTRA JAPAN」というマイアミ発祥のダンスミュージックフェスティバルや、全員真っ白なファッションで身をつつんだ何千人もの男女がフラッシュモブ的に街中で同時にディナーする「Diner en Blanc」を日本へ上陸させる立ち上げメンバーとして活動したり。
現状に不満は全くなく、端からみても芸能界を離れた人間が会社を立ち上げて進んだ道にしては、むしろ悪くない感じのはず(もちろんここまでくるには相当Deepで紆余曲折してた人生があったので、それらは機会あればどこかで書きます)。
さてさてとはいえ、そんな僕がなぜ、日本を離れて3ヶ月もインドへ行くのか?
えっ3ヶ月も?
自分探し?
深みにはまって帰ってこれなくなるかもよ?
眉間のとこになんか塗って帰ってくるんじゃないの?
下からもカレー出るから気をつけてね……。
まぁいつもそうですが旅の本当の理由なんて後からわかるんだろうけど、とはいえなんでインドだったのか。きっかけを考えてみた。
一つには、あるコミュニティにいて仕事や生活をしていると、だんだんそれが正解なのかどうかさえもわからなくなる。FacebookやTwitterなどのSNSでもそうだけど、自分の仲間やフォローしているコミュニティで語られていることはだいたい同じようなことばかり。きっと接触することもない別のコミュニティでは全く違う感覚の人種が集まってたりする。昨今のテロ問題なんかでもそうだけど、僕たちの世界からみればISISがテロリスト、ISISからすれば僕らの方がテロリストって具合いにどこのコミュニティにいるかで全く異なった反応になる。
世界には多種多様な生き方、考え方がある。ましてやテクノロジーのおかげで世界がつながりはじめ、先人が喉から手が出るほどほしがった異国の感覚、考えが学べる時代。世界はフラット化され、ほとんど誰でも世界中の情報をいつでもどこでも手に入れられ、SNSなどの自分のチャンネルでは世界中の人といつでもつながれるし、そのチャンネルでプレゼンもできる。プロや職人と言われてた人しかできなかった仕事がやる気さえあれば誰でも出来る時代だ。
そう自分を信じていい時代だし誰でもにもチャンスもあるはずだけど、その分、正解も不正解もごちゃまぜになっていく。ステマ記事や過剰な広告でフォロー数を延ばしたり売上げを延ばしたりすることさえも一部から見たら正解のようにも感じてしまうし、人生は”楽しむ”ものという言葉を言い訳に”楽”をして日々を無意味な時間につかって、ないがしろにしてしまうことも良しとされる……そして、お金と名声のためなら家族や自らの人生をも犠牲にしてしまう……。
そんな世の中での自分のコミュニティで感じる正解って果たして正解なのか?
一部のコミュニティでの常識が当たり前になって深みにはまってはいないか?
そんな疑問が日々募るばかりだった。
仏教には中道という言葉があるらしく、両極の世界をみて自分や社会の中心を知ると言われている。産まれたての赤ちゃんは自分の両親と目の前に見える天井だけが世界だ。その中で両極を探し、自分が何をすべきか考えてご飯をねだって泣き叫ぶ。小学校にあがればその世界が他の生徒と近所の環境が対極になり、社会にでていけば会社の上司や同僚が対極となり、世界を歩けばそこで出会った感覚が自分と世界との対極をなす。そうして、自分と世界を広げていき、その中で自分の中心を知る。今の僕にとってインドって場所はとてつもなく未知で今の自分のいるコミュニティからかけ離れている。両極をみるにはもってこいの場所だと感じたのだ。
実際、過去2度ほどインドへ旅したことがあるが、メニューを注文しても他の注文が入るとこっちの注文は忘れてしまうくせに、お会計だけはやたら早い。街中はクラクションが鳴り響き、車やバイクは数センチの車幅を前へ前へとせめぎ合い、少しでも車間が空いたら猛スピードで走りだす。列車は年中ドアが空いていて人が飛び出しながら走ってるし、水の汚染なんかは宇宙一ひどいくらいだ。かといえば数学がずば抜けていたり、IT界において重要な人物を世界に輩出したり、他言語を話し多様な宗教を信仰しベジタリアン人口も世界一、人口も間もなく世界一だったりと、全くもってどうやってこの国が成り立ってるのかつかめない。
実際インドに行くためツーリストVISAの取得でさえ、一苦労であった。VISA申請センターはあるのだが、センターには申請用紙がどこを探してももない。スタッフの方に申し訳なさそうに聞くと「インターネットでプリントアウトしてくるの!」と逆ギレされた。
僕:え?ここでは出来ないのですか?
スタッフ:だから家でインターネットで内容書いてきて。
僕:じゃぁインターネットで出来るんですね?
スタッフ:だからインターネットで内容書いてそれをプリントアウトしてくるの!
インド訛りの日本語できつく一喝され、仕方なく別の日に出直すと今度は「午後は受けとれない!」と言われ、また別の日にプリントアウトし持って行ったら「ここのバーコードがきれてるからダメ!」と言われた。
僕:だってこれ会社のちゃんとしたプリンタでプリントアウトしたんですよ?
スタッフ:なんでもダメだからやりなおして!
仕方なく近くのコンビニでやり直したものの、まーたダメ出しが!
僕:だってこれコンビニでプリントしたから同じですよ。
スタッフ:どこのコンビニでやってきたの?
僕:近くのセブンイレブンですが。
スタッフ:ダメ、セブンイレブン!ローソン行って!!
え?ちょっと待って。国家が管轄してるVISA申請がどこのコンビニのプリンターかに左右されるの? わけがわからん!と思いながらも仕方なくローソンに行ってプリントアウトしたら、バーコードでたーーー!!!
しかし、その後も内容が間違っているからやり直しって言われ、何度もやり直し。センターにきていた老婆の方なんて泣きそうになりながらほぼインド行きを諦めてました。でも、ここで負けたらインドのカオスな社会では生きていきない!と心に強く思いながらなんとかVISAを取得できた。
ちょっと脱線してしまったが、決して今の僕の常識では計れないカオスな世界が、インドという訳だ。
それともう一つの理由として、ある日波乗りをしていた時、ふとこんな話が頭に降りてきた。
マーク・ザッカーバーク(現Facebook Ceo)が起業したばかりで不安定だったころ、スティーブ・ジョブズに会いに行き「インドへ行け」と言われ、そこでFacebookのミッションを確信した……。僕は何かミッションを探しにいく訳でもないのだろうけど、ジョブスやビートルズなど先人達が魅了されたインドとはなんぞや? この混沌としたインドで僕が何に出会い何を感じていくのか……。
「僕が旅に出る理由 in India」 これから数回に渡ってお届けしていきたいと思います!
●小橋賢児(こはしけんじ)
俳優、映画監督、イベントプロデューサー。1979年8月19日生まれ、1988年、芸能界デビュー。以後、岩井俊二監督の映画『スワロウテイルバタフライ』や NHK朝の連続小説『ちゅらさん』、三谷幸喜演出のミュージカル『オケピ!』など数々の映画やドラマ、舞台に出演し人気を博し役者として幅広く活躍する。しかし、2007年 自らの可能性を広げたいと俳優活動を休業し渡米。その後、世界中を旅し続けながら映像制作を始め。2012年、旅人で作家の高橋歩氏の旅に同行し制作したドキュメンタリー映画「DON’T STOP!」が全国ロードショーされ長編映画監督デビュー。同映画がSKIPシティ国際Dシネマ映画祭にてSKIPシティ アワードとSKIPシティDシネマプロジェクトをW受賞。また、世界中で出会った体験からインスパイアされイベント制作会社を設立、ファッションブランドをはじめとする様々な企業イベントの企画、演出をしている。9万人が熱狂し大きな話題となった「ULTRA JAPAN」のクリエイティブディレクターも勤めたりとマルチな活動をしている。
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