更新日:2022年08月23日 11:33
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仏大統領選・ルペンの歴史的逆転なるか? ルペン親子を知り尽くす一水会・木村三浩氏が語る

――だが、国民戦線結党時からの党是となっている「移民排斥」という主張が危険視されているのは事実だ。 木村:2015年、欧州にはシリア、イラク、アフガニスタンなどから100万人を超える難民が押し寄せましたが、フランスもイスラム系だけで450~500万人、全体では700万人に迫る勢いで移民が増えています。その割合は国民の1割を超えるほどで欧州ではもっとも多い。難民保護にはコストもかかりますから、米国がやってきたことの尻拭いをなぜ我われがしなければならないのか? という不満は年々大きなものとなっているわけです。 ただ、フランスにおける移民問題は根が深く、当初は旧植民地から入ってくる移民が主だったが、第二次世界大戦後の『栄光の30年』と呼ばれた経済成長期に、アルジェリアをはじめマグレブから大量の移民が集まってきた。彼らの多くは炭坑や自動車工場の労働者としてフランスの経済成長を支えたが、オイルショックを機に仕事がなくなってくると、低賃金で過酷な労働条件で働いていた彼らは、自らの権利に目覚めストライキなど労働運動にも参加し始めます。 この時代に移民だけの居住区域であるゲットーができたわけですが、そんな劣悪な環境で暮らす彼らもまた不満を募らせていった。当然、治安も悪くなっていくので、犯罪を犯す者も出てくる。ルペン氏はそういう犯罪要因となっている移民は取り締まるべき、と言っているに過ぎません。 ――やはり、2015年以来フランス国内で起きているイスラム過激派によるテロ事件が大統領選にも影響していると考えるべきか。 木村:私がフランス滞在中も、パリのルーブル美術館近くで警備に当たっていた兵士がアラブ首長国連邦(UAE)在住でエジプト人の男からナイフで襲われるテロ事件が起きましたが、フランスの市民は常に緊張を強いられながら日常生活を送っている。 フランスでは2015年1月にシャルリー・エブド襲撃事件(死者12人、負傷者11人)が起き、同年11月にはパリ同時多発テロ(死者130人、負傷者300人以上)が発生しましたが、このときに出された非常事態宣言が今も延長されているような状況です。 2016年7月にもニースでトラックテロ事件(死者84人、負傷者202人)が起きたが、やはりこのときの記憶がフランスの人々に深く刻まれているのは事実でしょう。
フランス出張時

党大会後の木村氏との会食で、ルペン氏は今回の大統領選の心意気を語ったという

――ルペン氏の実父、ジャン=マリー・ルペン氏の主張はこれまで何度も問題となっている。なかでも、2014年6月に国民戦線を批判していたフランスのユダヤ人歌手パトリック・ブリュエル氏に対し「今度はこちらが窯(かま)に入れてやる番だ」などと発言した動画は、アウシュビッツを想起させるもので、「反ユダヤ主義」的な差別発言であると世界中から批判の声が噴出した。マリーヌ氏は彼の後継者であり、父の影響を多分に受けた政治家なのでは。 木村:ジャン=マリー・ルペン氏は騒動を受けて「ブリュエルさんがユダヤ人だとは知らなかった」と弁明したが、結局、欧州議会議員の不逮捕特権をはく奪されてしまったようですね。マリーヌさんはこのときの発言を問題視して、2015年10月に父親を党から除名する決断に至っています。国民戦線を立ち上げた始祖であるにもかかわらず、名誉会長の座もはく奪されたことは不当だとして、父親は実の娘を訴え、親子の確執は最高裁の判断を仰ぐところまでもつれました……(最高裁は父親の主張を認める判断)。 ただ、マリーヌさんを政治家として見たら、泣いて馬謖を切ることのできる決断力の持ち主と言っていい。弁護士出身の彼女は私と最初に会った13年前から、自分の思ったことをストレートに話し凛として仕事をこなすできるキャリアウーマンのような印象でした。父親はそんなマリーヌさんに『我が政治家人生で唯一やり遂げられなかったのは大統領になれなかったことだ』と言って国民戦線の代表を座を譲った。つまり、大統領になるためには自分とは違うやり方で戦え……と悲願を託したのです。 だからこそ、マリーヌさんは国民戦線のイメージを一新させ、柔軟性をもったアプローチで国民に訴えている。フランスの二大政党は完全に崩壊してしまった。これまで建前だけのきれい事ばかり言ってきた既存政党や既存メディアは信頼を失ってしまったのです。 今回のフランス大統領選ではとても面白い現象が起きており、コミュニスト(共産主義者)や共和主義者といった人たちも展望を失くして国民戦線に合流する動きが顕著になっています。つまり、もう建前だけでは前に進めないことがわかった今、利益共同体としてのEUにこだわるのか? それとも、フランス人としての主権を取り戻すのか? フランス全体がこの二者択一の選択を迫られているのです。現実路線を訴える国民戦線の支持が広がるのも十分頷けることなのです。 「ブレグジット(英国のEU離脱)」も「トランプ現象」も、事前の世論調査を覆す番狂わせが起きたのは周知の通りだ。今回のフランス大統領選もまた、「反グローバリズム」や「自国第一主義」を掲げるルペン氏が歴史的な逆転勝利を収めるのか? 第1回投票が迫っている。 取材・文/山崎 元(本誌)
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