渡辺浩弐の日々是コージ中
第311回
5月20日「僕も見た僕秩」
・人気サイト「僕の見た秩序。」のトークライブ@新宿ロフトプラスワン。僕秩は個人の才能を武器にしたサイトとしては最高の成功例だ。
・そこに出せなかった裏ネタを貯めといて一挙放出するわけである。有名ブロガーがたくさん来場してるはずだが、サイトで出せないネタだから、つまりレポートも書けないからこそ面白いということになる。パワポで画像を出しながら喋り続ける管理人ヨシナガさん。ネットの笑いをちゃんとライブにもってくるこの才能は本当に新しい (8月には新刊絵本『ふしぎなくり』をリリースするそうなので要チェック)。
・個人サイトの魅力は「自分の目線で見たら世界はこんなに面白い」という表現だ。これはいわゆるVOW文化とは似ているようで違う。田舎ものやフリークスを探し出しては嘲笑うという方向に流れないのは、その裏に個人としての愛情とプライドがあるからだろう。
5月21日「ネット系の才能」
・『ニッポン動物図鑑』(春戸あき/アルファポリス)読む。ネット上でフラッシュを活用して制作・発表してきた成果を書籍化したもの。春戸あき(公共りょうこ)さんは「少年ジャンプデジタル漫画賞」昨年度受賞者だ。
・普通の人々がある日を境に様々な動物に変身していく。馬車馬のように働いているOLは馬に。社内で孤立するエリート青年はキリンに。のんびり屋の就活学生はナマケモノに。都会で暮らす人々の様々な心理をうまくカリカチャライズしていく。すいすい読ませてくれるテンポあり、それでなかなか身につまされる部分あり、そしてどの話にも救いがあってほっとさせてくれる。
・ネットを拠点としている才能は自分の作品を自分の延長として仕上げ世に問うことができる。だから仕事で造られた作品とは違うやさしさがでてくるのだろう。例えば「猫村さん」は、その良い例だ。
・そういえば同デジタル漫画賞の一昨年度受賞者・大山一星さん(受賞作は中国での生活を描いた「ボクの留学レポート」という作品だった)と、先日の中国取材の折に会うことができた(大山さんはこの春戸さんの作品を評価していた)。ネットをうまく活用している人にとって世界は狭い。
5月22日「下を向いて歩こう」
・環状七号線の地下調節池がついに完成したと聞き、見学に。豪雨の際、神田川中流域から洪水を流入させ水害を防ぐための施設だ。都心の幹線道路の地下40メートルに、内径12.5メートル、全長4.5キロのトンネルが存在するのである。ここに50万トンもの水を貯められる。以前にも一度、建設中の段階に見学したことがあり、マンガ原作の資料に使った (『プラトニックチェーン』第4巻)。環七の真下に存在する巨大トンネルはなかなかロマンチックな光景なのである。都会の、薄皮一枚めくったところに隠れているこういう場所が好きでたまらない。
・この巨大トンネルをここから更に別ルートに伸ばしていく計画があるそうだ。最終的には全長30キロまで延長されるという。東京の地底を網羅し東京湾につながるこの空間は、洪水だけでなく、核戦争などの際にも有効活用できるのではと思う。宇宙や海洋の開発もいいしミサイル武装もわかるけれど、自分のすぐ足下にも大きな可能性が広がっているのだ。
第310回
5月5日「どう付き合うべきか」
・中国から帰国。4日間にわたり、密度の濃い取材をすることができた。現状をどう解釈するべきか、講談社BOXの太田編集長と帰路ずっと議論していた。実はまだ頭の整理がついていなくて、レポート記事をどう書くか悩んでいる。
・著作権で食べている人間の一人としては、中国という国に対しては複雑な思いがある。それは今回、解消されるどころかより強くなった。アニメやマンガを国家を上げて応援していこうと言っている。その戦略として政府が主催しているイベントにまで、日本作品のコピーものやパクリものが溢れている現実。コンテンツ産業に力を入れている一方で、知的所有権の扱いはゆるい。これはもしかしたら手を抜いているのではなく、意図して持続している状態なのかもしれない。特にマンガやアニメについては日本発のコンテンツであるという認識をあえて斬り捨てつつ作り手と受け手を育て、その上に自国の産業を成立させようとしているのではないか。
・ただし襟を正して見守るべきと思えるものもとても多かった。今回、様々な立場の人々から生の声を聞くことができたが、100のデタラメの上に1のホンモノが現れつつある状況を実感した。中国の場合、分母があまりにも大きいから、それで充分なのである。
・中国の現状についてはつっこみどころが多すぎる。だからついVOW的な目線で嗤いものにして済まそうという風潮がある。しかし、そうやっているうちに今大切なものを見過ごしてしまったら、10年後、嗤われるのは我々の側なのだ。自分としては当分、中国語とコスプレをがんばろうと思う
5月6日「やっと気づいたかマリオ」
・連休が1日残っていた。たまったゲームをいろいろ遊ぶ。Wiiの『スーパーペーパーマリオ』がとても良い。「次元ワザ」を使えるようになると、 2Dから3Dの世界へ移動できるようになる。この切り替わりが見事。2Dゲームとしてのマリオの良さを残しつつ、ゲームを進化させているのである。
・そして、世界観の解釈も面白い。マリオが、実はこの世界には奥行きがあったと気づくのである。ほんの一歩奥に入れば後ろに道があった。扉があった。簡単だったんじゃん。ファミコン時代やスーファミ時代のあの苦労はいったい何だったんだろう。
・マリオは言うまでもなく日本のいや全世界の宝である。こういうキャラクターは新しいアイデア、新しいコンテンツをいつまでも喚起し続けるのだ。ではその最初のオリジナリティーはどういうふうに生まれるのかと考えると、なかなか難しい。日本のゲームやアニメの制作現場にいまだに残っている混沌。それをできるだけ触らずにそのまま放置しておくべきか、それとも今のうちに徹底的に分析しておくべきなのか。
5月14日「アメリカの笑い方」
・『ボラット』観る。カザフスタン国営放送レポーターを名乗る謎の男ボラット・サカディエフが、アメリカの、微妙なポリティカリー・コレクトネスを要求される微妙な場所に突入し、たどたどしい英語で空気を読まない差別発言を繰り返す。覇権主義者が集まる南部のロデオ大会で「イラク市民を皆殺しにしろ!」とアジテート。フェミニストの集会に出席して「女性の脳はリス並み」という持論を披露。銃砲店では「ユダヤ人を撃つにはどの銃がいい」と聞く。
・先進国からさらに先に進んでどうしようもない場所まで行ってしまったアメリカは、これから悪い意味でもお手本として機能していくのだろう。そのために映画は有効だ。ただしここで話題になっている特攻ぶりは、技法の一つに過ぎない。作り込まれたシナリオをベースにして街頭演劇をやっているわけだ。主役は、巻き込まれる一般市民ではなく、あくまでもボラット(バロン・コーエン)なのだ。
・ドキュメンタリーというよりも、これは綿密に作り込まれたコメディとして評価したい。頭の暖かい男が美しい姫のイメージを胸に愚鈍な従士を引きつれ旅をする。その恐れ知らずな善良さは一般市民を怒らせ、呆れさせつつ、社会に潜む偽善を暴いてしまう。そんな物語を、現代版の『ドン・キホーテ』と捉えるとマジに感動できたりする……かも。
第309回
5月2日「いきなり中国に」
・講談社BOXの太田克史編集長と、中国の浙江省・杭州市に。西湖で知られる古都/観光都市である。と同時に、昨今は上海や北京と競うように摩天楼の建築ラッシュが進む国際化都市でもある。
・朝、成田を出て、杭州まで直通便で3時間弱。昼前にホテルに着き、講談社北京の野田希代子さん、そして台湾からやって来た全力出版・林依俐社長と合流。林さんは同社発刊のマンガ+小説誌『月刊挑戦者』の編集長でもあり、中国でのマンガ、アニメ、ゲーム、ライトノベルの状況を、僕らとは別方向から視ている人である。
・ホテルのロビーでは大釜で名物の龍井(ロンジン)茶を煎っている。さっそく一杯頂きつつ、日本、中国、台湾の現状を報告しあう。それから市内の杭州国際会展中心(ワールドトレードセンター)という大ホールに移動。ここで「中国国際動漫節(アニメフェア)」というイベントが開催されているのだった。規模としては東京アニメフェアの倍くらい。中国最大のマンガ/アニメのイベントとして、今年第3回目を数えるものらしい。
・この時点で、まだ昼すぎ。中国って日帰りも無理ではない近さなのである。
5月3日「モー娘リンリンの故郷にて」
・引き続き、「中国国際動漫節」取材。それから市街も見て回る。書くまでもないことだが日本のマンガやアニメの海賊版商品がどこにも、大量に、溢れている。
・ただし、オリジナリティーが生まれていないわけではないのだ。その点についてこちらの若いクリエーター達と話をする機会がたくさんあり、考えるところが多かった。特に「80後」世代、つまり80年代生まれの若者が今とても面白い。中国語を話してはいるが僕らの中国に対する印象とは全く違う。中国ではマンガやアニメといったポップカルチャーが国家戦略の一端として推進されているが、政府の姿勢より、若い世代の動きを今ちゃんと捉えなくてはと思う。
・リンリンと並ぶ杭州名物は東坡肉(トンポーロー)(=写真)。脂身の分厚さにびびるが苦手な人はそこを食べなきゃいいのだ。
5月4日「華流コスプレがすごい」
・朝から取材。コスプレ大会の決勝戦と授賞式。こっちのコスプレイヤーはただ外見を作ってポーズを決めるだけではなく、歌や踊りや寸劇といったパフォーマンスを行なう。それも、本格的。京劇や雑伎のノウハウでアニメを現実化している感じである。
・今の中国では、マンガ、アニメ、ゲームといったポップカルチャーを表象するアイコンとしてコスプレが使われている。室内志向の強いオタク文化がここでは決してネクラなイメージに流れていない理由の一つだ。
・午後、市内の大手書店をめぐる。中高生くらいの若い人達が熱心に小説(表紙がマンガ絵の、日本でいうライトノベル系のもの)を立ち読みしている。いや立ってなくて、床にべったり座り込んで、ジュースなど飲みながら延々と読んでいる。2時間くらいして戻っても同じところで同じ人がまだ読んでる。
・取材の成果は改めてまとめる。『ファウスト』次号に間に合うかな?