「ウンコを漏らした日はライディーン」――爪切男のタクシー×ハンター【第三話】
仮に私が悩めるトランペット奏者だったとしよう。いっこうに上達しない自分の演奏技術に嫌気がさしていた今日、私はウンコを漏らしてしまった。最悪だ。そんな私にトランペットを吹けと言うのか? ウンコを漏らした後にトランペットを吹く奴はただのバカじゃないのか。仮にウンコを漏らした後の演奏が人生最高の演奏だったらどうしたらいいのだ。もう音楽ってもんが分からなくなっちゃうだろ。音楽ってそういうもんなのか。音楽ってもっと素晴らしいもんじゃないのか。
私は何を言っているんだ。全ては私が悪い。もう変に言い返すことはやめよう。
「ありがとうございます。家に帰ったら好きな音楽を聴いて楽しむことにします。ちなみに運転手さんならこんな日は何を聴きますか?」
「おすすめの曲があります……CDがあるのでかけちゃってもいいですか?」
「ぜひお願いします」
どうせ歌謡曲か演歌だろうとたかをくくっていた私の耳をつんざく電子音。響き渡る聴き慣れたあの調べ。車内はYMOの「ライディーン」のメロディに包まれた。この人はウンコを漏らした日に「ライディーン」を聴くのか。聴けるのか。かなわねぇな。
「ウンコを漏らした日はライディーン」
運転手から教えてもらったこの格言さえあれば、これから先の人生も、私は安心してウンコを漏らしていけそうだ。そんなことを思いながら、ライディーンのメロディに合わせて上がっていく料金メーターの数字をぼんやりと見ていた。
文/爪 切男
’79年生まれ。会社員。ブログ「小野真弓と今年中にラウンドワンに行きたい」が人気。犬が好き。https://twitter.com/tsumekiriman
イラスト/ポテチ光秀
’85年生まれ。漫画家。「オモコロ」で「有刺鉄線ミカワ」など連載中。鳥が好き。https://twitter.com/pote_mitsu
※さまざまなタクシー運転手との出会いと別れを繰り返し、その密室での刹那のやりとりから学んだことを綴ってきた当連載『タクシー×ハンター』がついに書籍化。タクシー運転手とのエピソードを大幅にカットし、“新宿で唾を売る女”アスカとの同棲生活を軸にひとつの物語として再構築した青春私小説『死にたい夜にかぎって』が好評発売中
『死にたい夜にかぎって』 もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー! |
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