「人間と動物の違いって何か分かりますか?」――爪切男のタクシー×ハンター【第五話】
前置きがマザーファッカーになったが、ようやく今回のタクシーの話である。
その日の運転手は、顔のパーツが顔の中心部に寄っていて、目だけがやけに吊り上がっており、すごく不機嫌そうな顔をしていた。ドラクエのモンスターでたとえればギズモのような顔だ。顔はギズモではあったが、話好きの気さくなおっちゃんで、車中は楽しい雰囲気に包まれていた。
窓の外に、私が過去に行きつけだった蕎麦屋が見えた。運転手さんに店の評判を確かめてみたところ「あそこの蕎麦屋は、私もよく利用します。ドライバーの中でも人気店ですよ」と言われ、私まで嬉しくなった。私はあの蕎麦屋の主人には大きな借りがあるからだ。
その蕎麦屋は繁華街に位置しながら深夜営業をしているということもあり、深夜になると、店の周りには立ちんぼの韓国人女性がたむろする異様な雰囲気になる。蕎麦屋に出入りする客に「1万円でヘブン行こうよ」と声をかけるのが彼女たちの仕事だ。私はヘブンに行くことはなかったが、足繁く蕎麦屋に通ううちに彼女たちと面識が出来てしまい、軽口を叩き合える関係になっていた。
ある時、私は勇気を出して彼女達に頼んだ。
「恥ずかしいけど、お願いがあるんだ」
「何? オカネは貸せないヨ(笑)」
「3000円あげるから俺の顔をビンタしてくれないかな?」
「ビンタ? 顔を叩けばイイノ?」
「そう。お願いできないかな?」
「アナタとは仲良くなったから安くエッチさせるヨ?」
「いや、ビンタだけでいい。仲良くなり過ぎた女性の裸は見たくないんだ」
「意味が分からないヨ」
「5000円までなら出すからお願いできないかな」
「仲良しの人の顔叩きたくないヨ」
「俺は女にビンタされると興奮するんだ。俺は嬉しくなっちゃうんだ。これは友達にしか頼めないことなんだ」
「そこまで言うならいいけど……」
日韓問題。これは大きな問題だ。頭が悪い私には大きな問題だとしか言えない。ただ、全てを理解し合うことは難しくても、分かり合えることも少しぐらいあるのではないだろうか。少なくともビンタで日韓は結ばれたのだから。
私たちは、人目を避け、営業が終わったパチンコ屋の駐輪場に移動した。先払いで彼女に5000円を渡す。もちろん良いビンタが入った場合は、ボーナスでプラス3000円は払う心構えである。私は紳士だから。
また女性からビンタをしてもらえる。高校時代の屋上での甘い思い出が蘇る。長年、同棲をしている彼女の顔が浮かんだ。ごめんよ。出会った時に路上で自分の唾を売っている君に「唾を売るぐらいなら一緒に住もう」とかっこいいことを言った私は、女にビンタされると興奮するんです。今からお金を払ってビンタをしてもらいます。本当は君にビンタしてもらいたかった。でもようやく唾を売らないでよくなったと思ったら、新しい彼氏から毎日ビンタを強要されるなんて地獄を君に味わわせたくないんだ。違う。ただ単純に赤の他人からのビンタの方が興奮するんだ。言い訳に使ってごめんなさい。
そんなことを思いながら、恍惚とした表情でコリアンビンタを待ち侘びていたところに「やめないか~!!」という叫び声が飛び込んで来た。その声を警察のものだと思った立ちんぼ彼女は脱兎のごとく逃げてしまった。実は声の主は蕎麦屋の主人。休憩時間で店の裏でタバコを吸っていたところ、私が暗い場所に連れて行かれるのを目撃して、心配して駆けつけてくれたそうなのだ。あとから来た警察から軽く事情聴取をされたのだが、ビンタのくだりを話したら、逆に私が拘留されそうなので何も話さなかった。
『死にたい夜にかぎって』 もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー! |
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