土下座する父の姿は人間らしくて美しかった――爪切男のタクシー×ハンター【第十話】
―[爪切男の『死にたい夜にかぎって』]―
終電がとうにない深夜の街で、サラリーマン・爪切男は日々タクシーをハントしていた。渋谷から自宅までの乗車時間はおよそ30分――さまざまなタクシー運転手との出会いと別れを繰り返し、密室での刹那のやりとりから学んだことを綴っていきます。
【第十話】「男なら道を作れ。道を作らない男は男じゃない」
渋谷は朝の五時、職場には私一人だけ、無駄に早いタイピング音だけが空しく鳴り響いている。
本業であるメルマガの編集業務に加えてスタートしたエロ動画紹介サイトの運営。最初こそ面倒で仕方なかったのだが、メルマガと違って、何の規制も入らない自由な運営スタイルが自分の好みにしっくりきてしまった。知らず知らずのうちに、本業よりも時間をかけて作業をするようになっていた。かといって、私だけでは作業量に限界があるため、私の補助役として稲田君というラッパーが抜擢された。以前にも書いたが、私の職場は私以外の人間は全員ラッパーだったので、沢山のラッパーの中から一番真面目そうなラッパーを探し出すという非常に困難な選考作業の末、私は稲田君を選んだ。
稲田君はよく働くラッパーだった。うちの仕事以外にラーメン屋のバイトも掛け持ちしており、その上で音楽活動もしっかりとやっていたし、可愛い奥さんと息子一人をちゃんと養っているナイスガイだった。稲田君の左腕には「モトリークルー」とカタカナで掘られた汚いタトゥーがある。高校を中退してプータローをしてた暇な時期に、見様見真似で自分で彫ったそうだ。稲田君から「編集長もタトゥー入れましょうよ!」と熱心に勧められるので「この仕事が落ち着いたら、自分のアナルを太陽と見立てて、アナル周辺に太陽系の全惑星のタトゥーを入れるよ」という無茶な約束をした。稲田君は「編集長のアナルは太陽なんすね。太陽のタトゥー見たさで、クラブの女だったらホテルまでホイホイ付いてきますよ! あいつらバカなんで、宇宙とかスケールのでかい話でイチコロっす!」と満面の笑みで言った。
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『死にたい夜にかぎって』 もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー!
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