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土下座する父の姿は人間らしくて美しかった――爪切男のタクシー×ハンター【第十話】

子供は親の願いとは逆に育つものである。反抗期真っ盛りを迎えた頃の私は、遠距離攻撃を得意とするズルい小学生に育っていた。反抗期というものは、親との激しい口喧嘩の末に取っ組み合いの大喧嘩というのが定番コースであったが、私は台所で食事をしている父の側頭部をエアガンで狙撃したり、縁側で眠る父の背中目がけて、車体のフロント部分に釘を横一列にびっしりと貼り付けた殺人ミニ四駆を発射するという遠距離からの反抗期であった。反抗というものは効率良く行うべきなのだ。 大学生の頃に、アマチュアレスリングでオリンピックの強化選手に選ばれかけたこともある体育会系の父。アマレスタックルなどの近距離攻撃を得意とする父にとって、遠距離攻撃を得意とする息子は理解しがたいものだったようだ。ある時「男なら逃げるな! 卑怯なことしないで正々堂々かかってこい!」と親父に怒鳴られたことがあった。親父の目はうっすらと潤んでいたが、私は何の躊躇もなくエアガンで親父の額を撃ち抜いた。いつもなら「痛い! 痛い!」とわめく父がその日は微動だにしなかった。そして私が乱れ撃つ銃弾の嵐を物ともせずに私に突進し、低空でのアマレスタックルを私にぶちかました。馬乗りになった父は私を思いっきり殴った後でゲラゲラと笑っていた。なぜか私も笑っていた。 反抗期の私は、父と喧嘩をすることでしか自分の精神を安定させられなかった。こういう形でしか、父とコミュニケーションを取れなかった。そしてそれは父も同じだったのではないだろうか。お互いに不器用な性格の親子は、言葉にならないキャッチボールを交わし、何とか毎日を生きていたのだ。父との喧嘩は正直楽しかったし、私の姑息な遠距離攻撃を見事に打ち負かす父の圧倒的強さに憧れていた。
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私が中学生の時、そんな親父が警察に捕まった
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死にたい夜にかぎって

もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー!

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