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土下座する父の姿は人間らしくて美しかった――爪切男のタクシー×ハンター【第十話】

私は稲田君とこういうバカ話をする時間が本当に好きだった。だが、私の人生において甘い時間は長く続いたことがない。程なくして、稲田君は大麻所持及び栽培の罪で逮捕されてしまった。おそらく執行猶予がつくだろうが、もう一緒に働くことはできないだろう。稲田君に任せていた仕事は私が引き継ぐことになり、そのせいで徹夜で仕事をする羽目になったわけだ。私はまた一人になった。稲田君が残した仕事は「Jリーグサポーター必見! 各チームのマスコットキャラにそっくりなAV女優をご紹介!」という特集記事の執筆で、「名古屋グランパスのマスコットであるグランパスくんによく似た女優が見つからず非常に困っています」という稲田君からの伝言も残っていた。「世の中の役に立たない仕事をしている自覚はあったけど、職場のつまらない人間と朝まで飲むぐらいなら、シャチによく似た顔の女を朝まで探している方がマシだよな、稲田君。でもシャチによく似た顔の女を探させるような仕事をさせてごめんよ」。私は心の中でそうつぶやいた。 前科者でもなんでもいいので、一緒にいて楽しい人が好きだ。もちろん罪を犯さずに真っ当に生きている人が何より素晴らしいのは当たり前なのだけれども。私が、前科者に対して悪いイメージを持てないのは、自分の父親が前科を持っているのが大きい。父が犯した罪は車の当て逃げである。強盗殺人のような物騒な犯罪ではないが、犯罪は犯罪である。 私が生まれてすぐに母親が家を出て行ったこともあり、母親がいなくても大丈夫な強い子供に育てようと、父は行き過ぎたスパルタ教育を私に施した。私が悪いことをした時は、ゴミ焼却炉の中に容赦なく投げ込まれて罰せられた。「空を飛びたい」と迂闊にメルヘンな夢を語れば、背中にオニヤンマを入れられて、床をのたうち回ったものだ。 「どうだ、まだ空を飛びたいとか思うか?」 「………」 「どうなんだ? もう何匹かオニヤンマ入れないと分からないか?」 「……空飛ぼうとか思わないよ」 「うん、簡単に空を飛びたいなんて言っちゃいけない。まずは自分を磨いて、空を飛ぶのに相応しい人間になりなさい」 「……」 まるでアメリカのB級戦争映画で、空軍志望の息子が、陸軍出身の親父に「陸軍に入れ!」と叩きのめされているような場面である。そんな場面見たことはないが。「人間は空を飛べない。空を飛ぶのも大変なんだ」と容赦ない現実を語る父に対して、殺意に近い感情を持つまで時間はかからなかった。
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反抗期真っ盛りを迎えた頃の私は…
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死にたい夜にかぎって

もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー!

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