世界で一番美味しい珈琲の飲み方教えます――爪切男のタクシー×ハンター【第十一話】
佐々木健介によく似た胡散臭い長髪の店長から上記のコース説明を受け、選択を迫られたヤスは、どちらのコースにするか決め切れずに言った。
「すいません、どっちでもいいんで店長さんが決めてください」
その言葉を聞いた瞬間、私は頭に血が上ってしまい、大声で叫んだ。
「店長さんはな、ツインビーだのドリカムだの一生懸命説明してくれたんぞ! いい大人がツインビーだのドリカム言うて真剣に説明してくれたんぞ! それをどっちでもいいとか! 舐めてんのかお前!」
私のすごい剣幕にビックリしたヤスは泣きそうな顔で謝った。
「本当にすいません……」
「店長さんだけじゃないぞ! 金を出そうとしてる俺にも失礼なことしてんの分かってるのか!」
「……すいません! すいません!」
「こんな二択も決め切れん奴に俺は金を出すんか! こんな二択も決めきれん奴が就職とか出来るんか!」
間違いなく、この二択を決め切れなくてもちゃんと就職はできるが、ヤスは言い返すことが出来ずに黙ってしまった。そんな彼の様子を見て、私は言った。
「……店長さん、二時間コースにしてください。最初の一時間はツインビー、次の一時間はドリカムでお願いできますか?」
「……!」
「前から言ってるだろ? なんでも臨機応変に対応しなきゃダメだ。これは仕事をする上で大事なことだぞ」
「……はい! ありがとうございます!」
「……どっちか決め切れないなら両方選べ! 男なら欲張れ!」
「……はい!本当にありがとうございます!」
そんなやり取りの後、お店に指定されたホテルの入口までヤスを見送る。
「ヤス、じゃ、俺は駅の近くの喫茶店で待ってるからな」
「……プレイはなさらないんですか?」
「俺はいい、俺の分も楽しんできてくれ」
「本当にありがとうございます……!」
私に深々と頭を下げ、ヤスはホテルの中に姿を消した。
風俗の受付でヤスを怒ったことを思い出し、私は飲んでいた珈琲を吹き出しそうになった。ヤスは今頃ドリカムに移行した頃だろうか。プレイが終わった後、きっとヤスはダッシュでこの喫茶店に駆け込んでくるだろう。バカだから。そんなバカを待ちながら飲む珈琲が、私にとっての世界一美味しい珈琲なのだ。
上記のエピソードを、『公募ガイド』に載っていた「珈琲にまつわる私の素敵な思い出の作文募集」に応募したが、何の音沙汰もなかった。珈琲を愛する気持ちは誰にも負けていないつもりなのだが。
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『死にたい夜にかぎって』 もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー! ![]() |
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