更新日:2021年11月29日 07:24
ライフ

今はなきレンタルビデオ屋の“惑星”とAV、そしてケンさん――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第2話>

誰ひとり、ケンさんの幸せを値踏みできないのだ

ケンさんは笑っていた。 そしてゆっくりと口を開いた。ここからケンさんが述べるセリフは僕にとって生涯忘れられないものになるのだった。 「俺はさ、こんなナリだからさ、この年まであまり女に相手にされなかったのさ。でもさ、それって不幸なのかなって最近考えるのよ。幸福ってのはなんなのかなって思うんだよ。すっげえ金持ちが美女を抱きまくる、まあ、これは幸福だわな」 僕も頷く。それを確認するかのように一瞥して、ケンさんが続ける。 「でもさ、すげえモテないやつがブスを抱いても本人は同じくらい幸福だと思うのよ。突き詰めると、明日食べる飯があるってだけでそれ以上に幸福な奴だっているわけ。きっとさ、幸福って気付きなのよ」 尿とか糞とか書かれたパッケージを背中にしょって、ケンさんは雄弁に語る。 「ここでエロビデオ選んで出ていくとさ、かわいそうなやつみたいな目で見られるわけよ。アンパンマン選んでる親子とかに睨まれるのよ。でもさ、俺は幸せなわけ。俺が幸せなら、その幸せは誰にも値踏みできないと思う。お前らもここで選ぶことが幸せならさ、俺はそれでいいと思うわけよ」 ケンさんはすごくいいことを言っていた。なんだか感動してウルっときてしまった。コウタロウも同じようで、目に涙をためている。 「だからさ、その幸せって自分の基準によるものだけどさ、一個だけ例外があるんだ。それが誰かの幸せに関わる幸せである場合だ。結婚でも、交際でも子育てでもいいさ、これは自分が幸せであると同時に、相手も幸せなわけよ。それは嬉しいことだけど同時に責任も生まれると思う」 コウタロウは涙を流していた。 「同じように『ミニモミ。Fuckだぴょん!』を独占して感じる幸せってのはお前の勝手だ。けれどもそれは一人だけの幸せではなく、『ミニモミ。Fuckだぴょん!』を見たがっている『ミニモミ。Fuckだぴょん!』好きの幸せを奪っちゃいけない。人の『ミニモミ。Fuckだぴょん!』という幸せを奪ったうえで成り立つ幸せには責任が付きまとうんじゃないかな。それを分かった上で『ミニモミ。Fuckだぴょん!』を独占してたわけじゃないんだろ?」 すごく良いこと言っているのに何回「ミニモミ。Fuckだぴょん!」って言ったんだ。 コウタロウはただただ泣き崩れていた。 こうして、「ミニモミ。Fuckだぴょん!」独占事件は解決した。僕らはやっと「ミニモミ。Fuckだぴょん!」を借りることができたのだ。 「3」 ケンさんは、あれほど見たがっていた「ミニモミ。Fuckだぴょん!」をそう評した。あまり彼の琴線に触れなかったようだ。ただ、ケンさんのその幸せそうな笑顔を僕はずっと忘れないだろうと思った。 時代は大きく変化した。レンタルのエロビデオなんてものは衰退し、販売中心のセルビデオへと移行し、今やネット配信が主流となりつつある。これはエロだけでなく映画などもそうだ。その影響で、今後、レンタルビデオ店はどんどん姿を消していくかもしれない。あの、「のれん」の向こうの惑星も、どんどん消えていくかもしれないのだ。 時代に取り残されたとき、僕らはどうやってエロを解決するのだろうか。 運よく、セルビデオにも、ネット配信にもついていくことができた。けれども、さらにおっさん化し、最新の技術を理解できなくなったとき、僕らはどうやってエロを手に入れるのだろうか。現に、ちょっとVRエロにはついていけそうにない自分がいる。僕はそれを考えると少しだけ怖くなる。 また、廃業したレンタルビデオ店の建物を眺めた。 取り残され、廃業してしまったこの空虚な建物が、まるで将来の自分であるように見えた。ケンさんは今頃何をしているだろう。ネット配信のエロについていけず、今もどこか「のれん」の向こうの惑星にいるのだろうか。まだ古の準新作をレンタルしているのだろうか。なんだか、まだいるような気がする。 可哀想に思うところもあるが、誰もケンさんの幸せを値踏みできないのである。彼が幸せと気付いて準新作を選んでいるならば、それが幸せであるように、たとえ僕が時代の潮流に取り残され、古いエロを嗜んでいたとしても、幸せであることに気づければいいのである。 ここにはドラマがあった。けれども、どんなドラマもいつしか終わる。終わったドラマの幸福感を僕らはずっと覚えているのだ。 【pato】 テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。ブログ「多目的トイレ」 twitter(@pato_numeri) (ロゴ/マミヤ狂四郎)
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

1
2
3
4
5
おすすめ記事