更新日:2021年11月29日 07:24
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今はなきレンタルビデオ屋の“惑星”とAV、そしてケンさん――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第2話>

コウタロウが持っていた銀色の包みは……

ケンさんはカウンターの前に立っていた。忙しく働く女子大生と思われるアルバイト店員に何の躊躇もなく大きな声で質問する。 「『ミニモミ。Fuckだぴょん!』を借りたいのに、いつも貸し出し中ですけど、どうなってますかな?」 僕はこんな情けない大人を見たことがない。同時に、こんなにも頼もしい大人を見たことがない。 誰もが聞きたくても聞けなかったことを躊躇なく聞いてのけたのだ。それも、店で一番かわいい店員にだ。 「貸し出し中ですね」 店員はパソコンの画面を見ながら冷徹にそう言った。そりゃそうだ。 「誰が借りているか教えてくれ! 家まで取りに行くから!」 ケンさんは必死だった。これはもう、狂人である。 さすがに住所を教えてくれるはずもなく、ケンさんは納得いかないという表情だったが、僕とコウタロウでなんとか「のれん」の中に押し込めた。 この時、いったい何が起こっていたんだろうか、どうして「ミニモミ。Fuckだぴょん!」は返ってこなかったのだろう。謎は深まるばかりだが、その答えはひょんなことから示されることになった。 今日も「ミニモミ。Fuckだぴょん!」借りられないだろうなあと考えながら入店すると、急な便意が襲ってきた。仕方がないのでトイレに行くと、ケンさんがいた。 「昨日さ、牡蠣くってさ、おなかの調子が悪いのよ」 聞いてもいないのにケンさんは大便の理由を教えてくれた。二人で大便を終えて、さあ、のれんの向こうに行きますかねとトイレを出ると、コウタロウの姿が見えた。 「おーい、コウタロウくん」 と声をかけようとする僕をケンさんが制した。 「何かおかしい」 見ると、コウタロウは銀色の包みを抱えている。借りたビデオを入れるための包みだ。膨らみからかなりの本数が入っているように見えた。 コウタロウは、その包みを店員に渡し、返却した。かと思うと、店員に何かを指示し、また同じくらい膨らんだ銀の包みを受け取り、金を払ってそそくさと店を出ようとした。 「まちな」 まるで、沼の前に立ったあの日のように、再びケンさんがコウタロウの前に立ちふさがった。すべてが露見したと悟ったコウタロウは、そのまま膝から崩れ落ちた。包みには7本の「ミニモミ。Fuckだぴょん!」が詰まっていた。パッケージの堤さやかが妙にすっとぼけた表情をしているように見えた。 コウタロウとの話し合いは、のれんの中、一番奥の沼で行われた。そこでコウタロウは言った。 「僕はおかしいんです!」 コウタロウは、特に「ミニモミ。Fuckだぴょん!」が見たかったわけではないと言った。 ただ、皆が見たがっているビデオを独占することに喜びを覚えていたのだ。そのために7本全部をレンタルし、返すと同時にまた全部借りるという大回転をやってのけたのだ。そして何食わぬ顔で僕たちのことを眺めてゾクゾクしていたのである。 なかなかの変態だ。僕はこういうアナーキーな男、嫌いじゃない。けれども、ケンさんは怒っているだろうと思った。ケンさんの鉄拳制裁もありえる。そう思った。 それだけケンさんは「ミニモミ。Fuckだぴょん!」を見たがっていた。それを知りながらこのような行為に走ることは裏切りに近い。殴るくらいはするはず、そう思っていた。 さぞかし怒りの形相であろうとおそるおそるケンさんの顔を見た。
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誰ひとり、ケンさんの幸せを値踏みできないのだ
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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