更新日:2021年11月29日 07:24
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今はなきレンタルビデオ屋の“惑星”とAV、そしてケンさん――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第2話>

「準新作にしておけ。あれには未来と可能性がある」

ケンさんとの出会いは特殊だった。 いつものようにのれんをくぐり、最新作から少し時間が経過した準新作の棚で選んでいると、後ろから声が聞こえてきたのだ。 「4」 「5」 「2」 低い声で数字を呟くおっさんがいた。変な人がいるなあって思ったけど、エロビデオコーナーにおいては特筆すべきことでもないので普通にスルーしていた。 「3」 「5」 しばらくすると、その数字のタイミングは僕がビデオを手に取るタイミングと一致していると気が付いた。もしかしたら、いや、まさか、そう思ったが間違いなくそうだった。 僕が手に取る準新作のエロビデオ、その点数を呟いていたのだ。まさか、ここにある準新作、すべて鑑賞したというのか? 背筋を冷たいものが走った。 大本命、つまり今日借りるつもりだったビデオを手に取る。これはかなり有望株の女優がこれまた有望なシリーズに出演したという逸品だ。わかるやつならこいつの良さがわかるはずだ。ここで「5」と評価するならこのおっさんは本物だ。選球眼も確かだ。信頼できる。 ゆっくりと手に取った。 「5」 おっさんはそういってニヤッと笑った。ケンさんは何本か歯がなかった。その笑顔が印象的だった。 「こいつはできるやつだ」 僕もニヤッと笑った。それが僕とケンさんの出会いだった。 こうして僕とケンさんは「のれん」の中で会えば会話する程度の常連仲間になった。 だいたい、3回に1回くらいの頻度だっただろうか、「のれん」の向こうに行くとケンさんがいた。ケンさんはニッと笑った後に、これ「5」と準新作を勧めてくることが多かった。 僕らはいつも準新作だ。準新作は新作と旧作の狭間にあって、無限のポテンシャルを秘めていたのだ。行き場のない先行き不安定な自分と準新作、何かを重ね合わせていたのかもしれない。 ケンさんは、前途有望な若者が一番奥の沼に行くことを嫌った。 前述したように、一番奥の沼はマニアックな嗜好に合わせたマニアックな作品だ。黒いパッケージが多く、中には黒の章のようなビデオもあったと聞く。何も書いて無いパッケージに10ポイントくらいの白い明朝フォントで「尿」とだけ書かれているヤツもあった。 「あそこに手を出しちゃいけねえ。帰ってこられなくなる」 それがケンさんの口癖だった。 いつものように準新作の棚で三田友穂の作品を選んでいたところ、ケンさんが話しかけてきた。 「あいつみてみろ、足取りがおかしい」 ケンさんが指差すその先には僕と同じくらいの年齢の若者が最新作の棚で選んでいた。 「普通じゃないですか? 何か変なところあります?」 僕の言葉に、ケンさんはゆっくりと首を横に振り、目を瞑りながら言った。 「最新作ってのは一番えらいんだ。すげえんだ。レンタル料も高いし1泊2日だ。俺だって選ぶときは少し緊張する。それなのに、みろ、やつは緊張のかけらもねえ。空っぽだ。あれは金と時間の価値を知らねえボンボンか、ただのバカ、それとも……」 「それとも?」 「カモフラージュだ」 ケンさんは断言した。 「いったぞ!」 ケンさんが身を乗り出す。タイミングを見計らった若者は、忍びのような速さで奥の棚へ向かった。あまりの速さに、若者の残像が残ったほどだった。若者は一番奥の行ってはいけない黒い沼に入ろうとしていた。 「あたら若い命を散らすでない」 ケンさんはそんなことは言わなかったけど、言いそうな顔をして若者の前に立ちふさがった。このマニアックな沼に行きたいなら俺を倒していけと言わんばかりの表情を見せた。 「お前が本当にこういうのが好きなら俺は何もいわねえ、でもな、めぼしいビデオがないからって興味本位でここに入るならやめておけ。ここはそんな場所じゃねえ。ここに希望なんてありゃしねえ。おすすめなら俺が教えてやる。準新作にしておけ。あれには未来と可能性がある」 ケンさんは若者が沼に入るのを本当に嫌っていた。僕たちはいつも準新作だった。ケンさんは何を言っているんだか分からないことが多かったけど、無性にかっこよかったのである。
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「ミニモミ。Fuckだぴょん!」の陳列棚に起きていた異変
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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