美しく可憐な女子高生が私の高級自転車を盗もうとしていた――爪切男のタクシー×ハンター【第十七話】
しばらくすると、たまの休日でさえも、自転車にまたがって知らない街まで足を延ばすようになった。寂れた商店街にてめちゃくちゃ美味しいカツ丼を作る定食屋を発見する喜び。「腹も満たされたし次は女だな」と立ち寄った郊外の激安風俗店にて、アタシは20歳だと言い張る40歳を過ぎた砂かけババアをあてがわれ、「砂をかけられるぐらいなら先に俺の精子をかけてやる」と予定外の顔射をしてしまった挙句、高い高いオプション料金を払わされる悲しみ。どんなに嫌なことがあっても、キコキコと自転車をのんびりこぎながら、知らない街の風に吹かれつつ家に帰っていると、全てを「ま、いいか」で済ますことができる。自転車というものは本当に不思議な乗り物だ。子供の時よりも大人になってから乗る方が楽しいのだから。
ある日の仕事帰り、時刻は深夜3時を回っていた。今夜はどこに寄り道して帰ろうかなと愛車のもとに急ぐ私。そんな私の目に飛び込んで来たのは、今まさに私の自転車を盗もうとしている自転車泥棒の姿であった。歳は20歳前後の兄ちゃん、夜の暗がりでも分かるぐらいの派手なドクロ模様が入ったパーカーを着ている。モンキースパナのような器具を使っているところを見ると、おそらく常習犯だろう。すぐにとっ捕まえてもいいが、ここはひとつ泥棒を泳がせることにした。
駐車場を出てすぐの大通りでタクシーを捕まえ、自転車泥棒が現れるのをひたすら待ち続ける。駐車場から出られる道はこの一本しかない。泥棒は必ずここを通る。私の目論見通り、自転車泥棒は私の自転車を颯爽と乗りこなして、大通りにその姿を見せた。目鼻立ちの整ったイケメン泥棒め、悔しいかな、私よりも外国製の自転車がよく似合っているではないか。
「運転手さん、あの自転車の男を追いかけてもらっていいですか?」
「え、どういうことですか?」
「あいつ、僕の自転車を盗んだ泥棒なんです」
「そうなんですか!」
「すぐに捕まえてもいいんですけど、このまま尾行してやろうかなって」
「早く通報しましょうよ~」
「持ち主に尾行されてるとも思わずに、上機嫌で自転車こいでるバカを見たいんですよ」
「お客さん、性格悪いですね」
「運転手さんもたまにはこういうのがあった方が退屈しないでしょ」
「私は何もない一日が一番うれしいです」
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『死にたい夜にかぎって』 もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー! ![]() |
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