美しく可憐な女子高生が私の高級自転車を盗もうとしていた――爪切男のタクシー×ハンター【第十七話】
私に関しては、二人乗りに関してだけの厳重注意となり、特にお咎めなしですぐに家に帰された。彼女はこれから親を呼んでの話し合いになるらしい。私が部屋を出ていく時も彼女は私の方を見ようとはしなかった。後日、親と一緒に私の家に謝罪に来た時も彼女はずっとうつむいていた。彼女の親はお詫びの品としてめちゃくちゃ美味しいカステラを持ってきた。彼女と一緒に食べるたこ焼きを夢見た私の目の前にはカステラがある。彼女とはそれっきり話すことも会うこともなかった。
時は過ぎ、成人式の日、遠くから彼女を見た。相変わらず綺麗だ。両脇に二人の子供を抱えて幸せそうな笑顔を浮かべていた。双子を産んだらしい。
「双子か……やるじゃん」
というよく分からない賛辞を遠くから送った。直接は伝えなかった。
タクシーの前を走る自転車泥棒の背中を見ていたら、久しぶりに自転車泥棒の彼女のことを思い出した。あの時の甘酸っぱい気持ちが胸に蘇る。自転車泥棒の男が後ろを振り返った。私にはあの日の彼女が振り向いたような錯覚を覚えた。
「運転手さん、もう追いかけなくていいです」
「え? いいんですか?」
「はい、もういいんです」
「でも、とっても大事な自転車なんですよね?」
「いや、嘘なんです。ドラマみたいに尾行ごっこしたかっただけです」
「あっ……そうなんですか……」
「面倒くさいことしてごめんなさい」
「ちゃんと料金払ってくれたら何も文句はないですよ」
しばしの沈黙。
「運転手さん、さっきの自転車の兄ちゃんなんですけど」
「はい」
「かっこよかったですよね、あの自転車がよく似合ってましたよね」
「そうですね」
「僕も自転車買いましょうかね」
「いいですね~」
「運転手さん、僕にはどんな自転車似合いますかね」
「そうですね~う~んう~ん」
「……」
「ママチャリですかね」
「なるほど」
「失礼ですけど、さっきの人みたいな高そうな自転車は似合わない気がします。若い人がよく乗ってる小さなおしゃれな自転車も」
「そう見えますかね」
「お客さんは笑顔でママチャリ乗ってるのがすごく似合います。それを見てる周りの人もニコニコできそうです」
「嬉しいです、ありがとうございます」
「失礼ですが、お客さんは彼女さんはいらっしゃるんですか?」
「います」
「それなら彼女にもママチャリを買ってあげてください」
「いいですね」
「自転車は自分に合った自転車に乗るのが良いです。そして恋人と同じ自転車に乗るのはもっと良いです」
次の休日、睡眠薬の飲み過ぎでなかなか起きない彼女を叩き起こして私は言った。
「自転車買いに行こう」
文/爪 切男 ’79年生まれ。会社員。ブログ「小野真弓と今年中にラウンドワンに行きたい」が人気。犬が好き。 https://twitter.com/tsumekiriman
イラスト/ポテチ光秀 ’85年生まれ。漫画家。「オモコロ」で「有刺鉄線ミカワ」など連載中。鳥が好き。 https://twitter.com/pote_mitsu
※さまざまなタクシー運転手との出会いと別れを繰り返し、その密室での刹那のやりとりから学んだことを綴ってきた当連載『タクシー×ハンター』がついに書籍化。タクシー運転手とのエピソードを大幅にカットし、“新宿で唾を売る女”アスカとの同棲生活を軸にひとつの物語として再構築した青春私小説『死にたい夜にかぎって』が好評発売中
『死にたい夜にかぎって』 もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー! |
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